べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

偏微分方程式の本。

以前このブログのコメント欄で「偏微分方程式の本を紹介してほしい」という投稿がありました.今日はたまたま朝早く起きれたので,個人的な見解と偏見と体験に基づいて偏微分方程式の本の紹介をしていきたいと存じます.ただし,よくある「本のレビュー」ではなく,「知っている本を片っ端から紹介する」というスタイルで行こうと思います.本のレビューは口コミとか Amazon のレビューとかを参考にすれば十分でしょう.


さて,偏微分方程式は時間微分や空間微分からなる微分方程式で,大きく分けると次の4つの「型」に分類されるといわれます:

放物型偏微分方程式

楕円型偏微分方程式

双曲型偏微分方程式

分散型偏微分方程式


どの方程式が「偉いか」ってことはないけど,どの分野(の研究)が「流行っているか」というのはありますが,いろんな人に怒られそうなので,ここでの言及は控えたいと思います.それぞれの方程式の特徴は各本にゆだねるとして,ここでは,それぞれ書かれた本のうち,有名またはおすすめできるものを紹介することにします.特に,分野を問わず,全般的に書かれた本を紹介しようと思います.ただし,④分散型偏微分方程式は近年に研究が盛んになってきた方程式ということもあり,下記に挙げる本には載っていない場合が多いです.私はこの方程式に詳しくないのでここでは,①-③の方程式を扱った本を挙げておこうと思います.


まず,いわゆる「初学者」にお薦めしたいのは金子先生の本である.

偏微分方程式入門 (基礎数学)

偏微分方程式入門 (基礎数学)


この本は放物型,楕円型,双曲型の方程式について満遍なく載っている.また物理例も多いのでいろいろイメージしやすいかと思う.自分が4年生のときにちゃんと読んでいればよかったなあって思う本.細かいところの説明は他の本にゆだねている感じで,「広く浅く」学ぶのに適しているような気がする.いわゆるスタンダードな教科書だと思う.ただ,かなり難しいこともさらっと書いてあったりするので,わからないところがあったとしても病む必要はない.


昔ではスタンダードな教科書で最近復刊になった本として,溝畑先生の本が挙げられる.

偏微分方程式論

偏微分方程式論


エネルギー法がわかりやく説明されているという噂を聞いたことがあるけど,私はわからなかった.というか自分にとっては未だにわかりにくい本.最近の研究成果が反映されていないこともあり,正直お薦めはしない.エネルギー法を勉強するならば,松村先生と西原先生の本が良いと思う.

非線形微分方程式の大域解 --- 圧縮性粘性流の数学解析

非線形微分方程式の大域解 --- 圧縮性粘性流の数学解析


この本は「とりあえずエネルギー法」とは何か?ということにコミットした本で,自分がエネルギー法を理解しようとしたときに役立った.本来ならば軟化子を用いて計算を正当化しなければならないところがあるが,そういった点を(一旦)無視して話を進めていこう,というスタンスを取っている.個人的にはこういうスタイルは好きなので(なんとなく)読み進めるのは楽しかったが,厳密に読んでいきたい人には合わない本だと思う.軟化子を用いる議論は極めてスタンダードだし,なぜ滑らかになるのかということも(この本に限らず)ちゃんと書いてあるんだけど,個人的には「軟化子をフーリエ変換すると低周波と高周波の部分が切り落とされるからベルンシュタインの不等式から軟化子は滑らか」という説明の方がわかりやすい思う.


さて,話が少し逸れてしまった.他にスタンダードな教科書として Evans 先生の本をお薦めする.

Partial Differential Equations (Graduate Studies in Mathematics)

Partial Differential Equations (Graduate Studies in Mathematics)


通称「Evans」.関数解析の Brezis 先生の本に並んで,著者名があたかもタイトルのように聞こえるのはすごいと思う.この本は学部4年生のゼミの輪読で用いられることが多いと思う.いま読んでみると確かにいろいろよくまとまっているけど,まとまりすぎているので,初学者が勉強するのには向かないと思う.個人的には「復習用」の本だと思う.あまり知られていないけど,この Evans 先生の本よりもそこそこわかりやすく書かれた本として

Distributions, Partial Differential Equations, and Harmonic Analysis (Universitext)

Distributions, Partial Differential Equations, and Harmonic Analysis (Universitext)

を挙げる.この先生が基本解信者なせいかもしれないけど,やたらと基本解の説明が多い.基本解を理解したいだけだったらこの本でいいと思うけど,「勉強」となるとちょっとバランスが悪いと思う.本の「バランス」を考えるならば Evans 先生の本が一番いいのかなあ.Mitrea 先生よりもバランスが取れていて,いろいろ専門的なことまで踏みこんだ本として田辺先生の本がある.

Functional Analytic Methods for Partial Differential Equations (English Edition)

Functional Analytic Methods for Partial Differential Equations (English Edition)


個人的には参考になる本だけど,明らかに初学者向きではない.いろいろ参考になるけど,明らかに初学者向きでない本として Taylor 先生の本を挙げる.

Partial Differential Equations I: Basic Theory (Applied Mathematical Sciences)

Partial Differential Equations I: Basic Theory (Applied Mathematical Sciences)

Partial Differential Equations II: Qualitative Studies of Linear Equations (Applied Mathematical Sciences)

Partial Differential Equations II: Qualitative Studies of Linear Equations (Applied Mathematical Sciences)

これらの本はいろいろ書いてありすぎて困る.辞書代わりに用いるのがいいと思う.また,最近優秀な後輩に教えてもらった和書で

楕円型・放物型偏微分方程式 (岩波オンデマンドブックス)

楕円型・放物型偏微分方程式 (岩波オンデマンドブックス)

がある.この本もいろいろ書いてあってとても参考になりそうな本だけど,明らかに初学者向きではない.初学者向きでない本ばかり挙げていると怒られそうなので,初学者の私が個人的に役立った本を列挙しておこう.

偏微分方程式論―基礎から展開へ (数学レクチャーノート 基礎編)

偏微分方程式論―基礎から展開へ (数学レクチャーノート 基礎編)

ベクトル解析から流体へ

ベクトル解析から流体へ

ちなみに,私が4年生のときは最後の垣田先生と柴田先生の本の3章と4章をまじめに読んだ.でも,いま振り返ってみればほかの本も一生懸命勉強しても良かったかもしれない.


ところで,大学の講義の単位をとりたいだけならば岩下先生の本を勉強するといいと思う.

工科のための偏微分方程式 (工科のための数理)

工科のための偏微分方程式 (工科のための数理)

この本は基本的なことがしっかり書いてあるので初学者にはおすすめだけど,ちょっと物足りなさはあるかもしれない.



近年の偏微分方程式の(大きな)研究傾向として,①新しい数理モデルの提唱,②調和解析・実解析の駆使,③微分幾何によるアプローチ,④ノイズを入れて Randomness を考慮する,⑤数値シミュレーションの結果を数学的に証明する......などが挙げられます.偏微分方程式を専攻したい人は,偏微分方程式の本だけでなく,分野を問わずいろいろ勉強するのがいいのかなと思います.少なくとも,微分幾何(リーマン幾何)は用いられることが多いです.コメント欄で「偏微分方程式の本を紹介してほしい」って言ってきた人(4年生)がどういうつもりで質問したかはわかりませんがこの記事が少しでも役に立ったらいいなあと思います.でも今日は天気がいいので部屋で勉強するよりもピクニックにでも行ったほうが気持ちいいと思いますよ!では.