べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

なぜインターネット投票が実現しないのか。

今日は雨.久しぶりに梅雨っぽい天気だ.さて,明日は待ちに待った?参議院選挙である.

 

私の趣味であるTwitterを眺めていると,「なんでインターネットで投票できないんだ」みたいな声が多いようだ.それだけならともかく,「インターネット投票が実現しないのは,若年層の投票率を下げたい政府の陰謀だ」とか「インターネットが実現できないなんて政府は無能だ」みたいな声も散見された.政治家は政治に人生をかけているし,選挙で選ばれた方々なので,政党・派閥を問わず,最低限の敬意は払うべきである.

 

さて,インターネット投票が実現できないのはセキュリティー上の問題,と考えている人が多いが,インターネット決済が当たり前になった現在においてそれが障害になっているとは考えにくい.今回はインターネット投票が実現できない理由について調べてみた.

 

まず,衆議院のホームページにアクセスし,国会でインターネット投票実現に向けた動きがあるか調べた.その結果次のような質問主意書を発見した.

若年層における選挙の低投票率に関する質問主意書(外部リンク)

抜粋してみると

 他の世代に比べ、若年層の選挙の投票率が低いことが顕著になっており、特に二〇代の投票率は毎回、全世代を下回っている。これは今に始まったことではなく、以前からも同じような現象が続いており、年齢による社会的な要因や政治意識、政治との関わり、政治不信、情報不足等が要因とされる。
 しかし、少子高齢社会が進む中、投票数で見ると、若年層とその他の世代の格差は大きく広がっていることになり、若年層が抱える問題や意見が政治に反映されにくい状況になっていると指摘される。
 一方で、ブログやツイッターフェイスブック等、インターネットを通じて、以前よりも若年層にとって政治が身近に感じられる機会が多くなってきたことも事実である。
 政治による世代間格差を生じさせないためにも、多種多様な世代からの様々な声を受け止め、政策に反映させていく為に、若年層の選挙への参加を促すような環境づくりが必要であり、若年層の投票率の上昇こそが全体の投票率の底上げに繋がっていくものと考える。

とあった.

まず,国政選挙における年代別投票率の推移を考察しよう.

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※ これらは総務省ホームページより引用

 

以前から若者の投票率が下がり続けている!といわれているが,グラフから明らかなように,年齢層を問わず,全体的に減少傾向にある.また,高齢者の投票率が高いと言われているが,一番投票率が高い年齢層は60歳代であり,70歳代以上の投票率は50歳代よりも低い.少子高齢化が進んでいるので,絶対的に評価することは難しいが,感覚としては50~70歳の人が他の年齢層に比べて選挙に行っているといえる.

 

投票率が回復する場合はどんな時か.すなわち,「前回投票率が減少したが,次の選挙では投票率が5ポイント以上回復した」という回はいつか.衆議院選挙では昭和55年,平成17年であり,一方で参議院選挙では,平成10年である.それぞれの選挙における経緯は以下の通りである.

 

衆議院選挙

・昭和55年(第36回)

自民党内の党内派閥の対立(四十日抗争)があった中で,日本社会党社民党の前身;当時野党第一党)が自民党議員のスキャンダル等を理由に内閣不信任案を提出した.多数の自民党議員が本会議を欠席し,その結果,内閣不信任決議案が27年ぶりに可決された(野党は可決されることを予測できていなかった).内閣はこの結果を受けて衆議院を解散し(ハプニング解散),内閣は参議院選挙と同日に衆議院選挙の投票を行うことを決めた.史上初の衆参同日選挙である.また,総選挙期間中に現職首相が急死している.以上のことが1年のうちに次々に起き,有権者の政治への興味・関心を高め,投票率の回復につながった.ちなみに,このとき初当選した議員の中に,現在自民党副総裁を務めている高村正彦氏と,東日本大震災時に首相を務めた菅直人氏がいる.

 

・平成17年(第44回)

郵政民営化法案が参議院で否決されたことを受けて,内閣は衆議院を解散したことに伴う選挙である(郵政選挙).郵政民営化法案は自民党内でも反発が強く,結果として多数の造反者を生んだ.国会採決で郵政民営化法案に反対した衆議院議員自民党候補として公認せず,これらに対抗して郵政民営化賛成候補(刺客)を擁立した.さらに,女性候補自民党比例名簿上位に登載するなどして,選挙戦で女性候補を注目させる選挙戦術をとった.これらの選挙戦術はこの年の流行語大賞になった「小泉劇場」と呼ばれた.この選挙では「官か?民か?」と有権者に問いかけることによって,公的年金流用問題などで高まった「官」に対する国民の不信感等を背景に,郵政民営化賛成の世論をつくりだした.さらに,テレビで何度も取り上げられたこともあり,政治に興味のなかった主婦や若年層などにまで浸透していき,選挙そのものが一種の社会現象化した.このとき初当選した議員の中にタレントとして活躍している杉村太蔵氏がいる.

 

参議院選

・平成10年(第18回)

前年の消費税率引上げや,それに伴う景気の後退,失業率の上昇が上昇していた中で行われた選挙である.景気対策が上手くいっていなかった上に,投票直前に当時の首相,橋本龍太郎氏の減税に関する発言が二転三転したことで有権者の不信を招き,結果として与党であった自民党は大敗を期した.また,投票時間の延長や不在者投票の簡素化されたこともあり,都市部を中心に投票率が回復した.このとき初当選した議員の中に現在社民党副党首を務めている福島瑞穂氏がいる.

 

以上のように,投票率が大幅に回復する場合は結局のところ「選挙の注目度」であると言えよう.今回の参議院選挙は選挙権が引き下げられて初めての国政選挙であり,さらに,著名人が投票に行ったというだけでニュースになったりしているので,投票率は大幅に回復すると考えられる.

 

さて,冒頭で挙げた質問主意書に書いてあった「若年層の選挙への参加を促すような環境づくり」は概ね進んでいると思ってもよさそうだ.話は逸れてしまったが,私はなぜインターネット投票が実現しないのか,知りたかったのであった.冒頭で挙げた質問主意書は次のように続いている.

 

若年層投票率が高い他国にて行われているような義務投票制度や郵便投票制度、電子投票制度等といった取り組みに関して、どのように認識しているか、見解を示されたい。

 

 そうだ.これを知りたかったのである.これに対する答弁書が次である.

 

御指摘の「義務投票制度」については、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定する憲法第十五条との関係からも、慎重な検討を要するものと考えられるが、いずれにせよ、お尋ねの「若年層投票率が高い他国にて行われているような義務投票制度や郵便投票制度、電子投票制度等といった取り組み」については、選挙手続の中核である投票方法の在り方の問題であることから、各党各会派において十分に議論していただくべきものと認識している。

 

なるほど,ワイドショーでも取り上げられる義務投票制度は憲法第十五条との兼ね合いがあるらしい.しかし,選挙の「投票方法」という面で各投票制度は十分な議論が必要なようだ.これらの投票制度が行われていないのは,やはり弊害があり,選挙の公平性を損なうからなのだろう.

 

実際,ブラジルをはじめ,南米諸国では選挙の投票が義務となっているが,政治に関心のない人にも投票させるため,票の売買が後を絶たないようだ.

 

郵便投票制度はすでに行われているが,対象者が足が不自由な方に限定されている.対象者が拡大されないのは,コストがネックになっているのだろう.

 

そうした中で,電子投票制度(インターネット投票)が注目されてきたが,これにも問題がある.実は電子投票は地方選挙ではすでに導入されている.しかし,電子投票でおこなわれた地方選挙はトラブルが相次ぎ、導入した10の自治体のうち,すでに4つの自治体が電子投票から撤退している.例えば,2003年の岐阜県可児市議選ではシステムが一時停止し,誤操作で投票総数が投票者数を上回るトラブルが発生し,非電子投票(=従来の紙による投票)の再選挙に追い込まれ,同年の神奈川県海老名市長・市議選でも同様のトラブルが発生した.

 

また,アメリカの一部の州でも電子投票制度は導入されているが,2004年の大統領選で有権者の8割以上が民主党員の地域で共和党のブッシュ氏が勝ったり,投票者数が638人なのにブッシュ氏が4258票を獲得したりする異常な事態が発生した.電子投票の信頼性が大きな問題になった.

 

以上の経緯から,2007年に日本でも国政選挙に電子投票を導入する法案が臨時国会に提出されたが,結局成立は見送られた.

 

公職選挙法第46条第4項に「投票用紙には、選挙人の氏名を記載してはならない」と書かれているように,「投票の秘密」が十分確保できない限り,電子投票の導入は難しいのだ.例えば,会社の上司がAさんという人を当選させたいために,Aさんに投票するよう部下に命令し,さらに,ちゃんと投票するかまでチェックすることが電子投票の場合可能になってしまう

 

よって,どんなに科学技術が進歩して,誤操作によるトラブルが防止できたり,電子投票の信頼性が向上したとしても,電子投票は投票を簡単にする一方で,投票の秘密の確保を難しくしてしまう.

 

結局のところ,功殻機動隊のように,電脳化が進んだり,サイボーグ人間などが生まれない限り,インターネット投票は実現しないだろうし,少なくとも私が生きているうちには実現しないだろう.