最近研究の進捗ばかり書いてるのでたまには寄り道してみようと思う。
数学は役に立つかどうかというのはまあ古くからある議論の一つだが、今まで納得したようなしないような、そんな気がする。ここでは、数学は役に立つと主張する立場(以後略して役に立つ派)と数学は役に立たないと主張する立場(以後略して役に立たない派)の両者からこの問いの本質を探っていこうと思う。
まず、役に立つ派の主張を抜粋してみると、
・数学は基礎学問であり、工学へ幅広く応用されている。工学が役に立っているのだから、数学も役に立っている。
・数学で培った論理的思考は生活や仕事の役に立つ。
・毎日目にする天気予報だって統計学の研究に基づくものだ。
・数学に役に立たないと主張するお前が社会の役に立ってない。
まあ、最後はさておき、どれもそこそこ納得し得る主張である。では、一方で役に立たない派の主張を抜粋してみると、
・数学できなくても今まで何の苦労もなく生活できた。
・日常生活で2次方程式を解いている人を見たことがない。
・数学は役に立つかもしれないけど、自分にとって数学は役に立たない。
・そもそも数学は嫌いだ。
まあ、役に立たない派の主張をまとめると、私は数学できなくても何も困らない、である。ちなみに、私も日常生活で2次方程式を解いている人を見たことはない。これは少し前に機内で微分方程式解いてた人がテロリストと勘違いされる事件があったので、みんな数式の取り扱いには注意していることに因るものであると考えられる。
このように、そもそも役に立つ派と役に立たない派の数学に対する「視点」が異なる以上、役に立つ派と役に立たない派がうまく「和解」するのは困難である。この場合、以前書いたように、クリティカルシンキングの知識が活きてくる。
watanabeckeiich.hatenablog.com
まず、役に立つ派、役に立たない派はどちらも人間である以上、どこかで共通の認識を持っているはずである。この場合、両者は「数学が役に立ってくれたらうれしい」という点で一致していると、私は考える。
役に立たない派の主張で「算数は役に立たない」というのは聞いたことがない。つまり、役に立たない派も算数は役に立つと(暗に)認識しているわけである。しかし、よく考えてみれば、算数で習う、速さや割合などは生活では当たり前のように登場しているから、算数が役に立つかどうかというよりも、使っているかどうかということが、算数に対する認識に影響を与えていると考えられる。
このような視点から、役に立つ派と役に立たない派の主張を再考すると、役に立つ派は数学に対して「能動的な」認識を、役に立たない派は数学に対して「受動的な」認識を持っていると分類できるような気がする。
では、なぜこのような認識の違いが生まれるのか。まあこれは単純に中学高校の数学が得意だったかどうかというだけな気がする。実際に、役に立つ派は数学が得意だった人が多いし、役に立たない派は数学が不得意だった人が多いような気がする。
しかし、中学高校で数学がかなり苦手だったのにもかかわらず、役に立つ派に所属している人もよく散見する。この人たちに共通しているのは、数学に対してきちんと敬意を払っているということだ。すなわち、数学が苦手だったからといって、それが数学を批判する理由には当たらないと考えているということだ。
さて、役に立つ派も役に立たない派も、「数学は役に立ってくれたらうれしい」という点で認識は一致しているのであった。つまり、役に立つ派と役に立たない派が「和解」するには、役に立たない派を説得することが必要になる。
役に立たない派を説得するにあたり、そもそも、数学が役に立つとはどういうことなのか。そもそも、数学とは何か。ということから始めよう。
「数学とは何か」
一見哲学のように思えるが、もうすでに答えは出ている。アメリカ数学会(AMS)は数学の分野を以下のように分類している:
00 General / 01 History and biography / 03 Mathematical logic and foundations / 05 Combinatorics / 06 Order, lattices, ordered algebraic structures / 08 General algebraic systems / 11 Number theory / 12 Field theory and polynomials / 13 Commutative algebra / 14 Algebraic geometry / 15 Linear and multilinear algebra; matrix theory / 16 Associtive rings and algebras / 17 Nonassociative rings and algebras / 18 Category theory; homological algebra / 19 $K$-theory / 20 Group theory and generalizations / 22 Topological groups, Lie groups / 26 Real functions / 28 Measure and integration / 30 Functions of a complex variable / 31 Potential theory /32 Seveal complex variables and analytic spaces / 33 Special functions / 34 Ordinary differential equations / 35 Partial differential equations / 37 Dynamical systems and ergodic theory / 39 Difference and functional equations / 40 Sequences, series, summability / 41 Approximations and expansions / 42 Harmonic analysis on Euclidean spaces / 43 Abstract harmonic analysis / 44 Integral transforms, operational calculus / 45 Integral equations / 46 Functional analysis / 47 Operator theory / 49 Calculus of variations and optimal control; optimization / 51 Geometry / 52 Convex and discrete geometry / 54 General geometry / 55 Algebraic topology / 57 Manifolds and cell complexes / 58 Global analysis, analysis on manifolds / 60 Probability theory and stochastic processes / 62 Statistics / 65 Numerical analysis / 68 Computer science / 70 Mechanics of particles and systems / 74 Mechanics of deformable solids / 76 Fluid mechanics / 78 Optics, elecromagnetic theory / 80 Classical thermodynamics, heat transfer / 81 Quantum theory / 82 Statistical mechanics, structure of matter / 83 Relativity and gravitational theory / 85 Astronomy and astrophysics / 86 Geophysics / 90 Operations research, mathematical programmig / 91 Game theory, economics, social and behavioral sciences / 92 Biology and other natural sciences / 93 Systems theory; control / 94 Information and communication, circuits / 97 Mathematics education
ここで特筆すべきは番号が連続しているわけではなく、ところどころ飛んでいることである。これは新しい分野が登場することを期待しているのである。さて、こんなに分野があれば、全く知らない分野もたくさんあってもおかしくない。私は解析系の人間なので、例えば、結び目理論の話を聞いてもよくわからないし、それが何の役に立つかもわからない。でも、自分の研究に役に立ってくれたらうれしいなとは思う。これは役に立たない派の立場ではないだろうか。
つまり、「役に立ってくれたらうれしい」のは、自分にとってそれがプラスに働くことが期待されるときのことを指している。
さて、有名な話を紹介したい。グレゴリー・ペレルマン氏は位相幾何の問題であるポアンカレ予想を微分幾何と統計力学を組み合わせて解いたのは有名な話である。位相幾何を専門とする人からすると、統計力学は「役に立ってくれたらうれしいけど、自分には役に立たない」のである。ところが,ペレルマン氏は統計力学は「役に立つ」ことを示したのである。その結果、位相幾何の専門家にとって統計力学は「どうやら位相幾何の役に立つらしい」という認識に変わったはずである。ここで重要なことは、統計力学が「役に立たない」という認識から「役に立つ」という認識に変わったことである。これは自分の身近な範囲に対して「役に立つ例」を提示され、それが自身にとってプラスに働いたことに因るものと考えられる。
例えば、量子力学における基礎方程式であるシュレーディンガー方程式も、実は弾性体を表す方程式と関係があったり、周期関数の解析の為に導入されたフーリエ変換も偏微分方程式の研究には欠かせないなど、研究を進める上で、他の分野の助けを借りる事はよくある。
これらに共通するのは、役に立つことがある日突然わかった、ということである。
結局のところ、役に立つ派が役に立たない派と「和解」するには、役に立たない派が数学は役に立つ、自分にとってプラスに働く、ということを認識するまで役に立つ派は辛抱強く待ち続け、さらに、「数学は役に立つ」ということの啓蒙活動を頑張るしかないのかなと思う。
まあ一番いいのは争わないことだと思うんですけどね。両者の意見を尊重し、立場を中立に保つことが一番平和だと思います。
眠くなってきたので、今日はこの辺で。おやすみなさい。