べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

アメリカ滞在記 part 13。

とうとう帰国まで残り1週間となりました.今週は新入生の学生や帰省していたであろう学生たちを見かけることが多かったです.新入生の顔を見るとみんなまじめで英語がぺらぺらそうだなあと思ってしまいます.新入生の顔を見て入学してから様々なことを経験したなあと記憶がフラッシュバックしました.自分が大学に入学したのはかれこれ7年前になりますが,入学当時から現在の姿を予想することはできなかったでしょう.私生活はたくさん谷があって少し丘があるような感じでしたが,数学に関して言えば,修士課程に進んでから,特に修士2年からたくさんのことを学んだなあと思います(主観).7年後の自分も「たくさんの研究したなあ」と思えるようにコツコツ頑張りたいなと思います.7年後だと私は32歳なのでまだフィールズ賞を目指せる(狙えるとは言っていない)資格ですが,名誉や栄誉をあまり気にすることなく,面白いと思える結果をたくさん残せていけたらいいなあと思います(願望).


前回の記事はこちら:

watanabeckeiich.hatenablog.com


目次:

08月18日(Day 86 / 100)

Contact line problem の論文をいろいろ探した.全く知らなかったけど,ステファン問題の場合は Radkevich 先生による結果があるみたいだ.

リンク:https://iopscience.iop.org/article/10.1070/SM1991v069n02ABEH001246

やっぱり旧ソ連,ロシアの数学者はすごいわ.証明はちゃんと読んでいないけど.他にもいろいろ文献を探したけど,ヒントになりうるものは見つからなかった.


さて,今日の昼食は,パンが美味しくないパン屋さんでサンドウィッチとマカロニを注文した.

驚くことに,サンドウィッチのパンが美味しかった.いつもおまけとして付いてくるパンもこれくらい美味しければお店の人気が出そうなのに.


帰宅後はグータラ過ごしていた.暇つぶしに賃貸をいろいろ探していたけど,やっぱり都内だと高いんだな.家賃として6万円は出さないと生活の質がかなり下がりそう.やはり毎月いただいている日本学術振興会サンからのありがたいお小遣いで宝くじや馬券でも買って一発逆転を狙わないといけないのかもしれない.


と,くだらないことを考えつつ,夕食を作った.

パスタは日本から持参したもの.まあまあ美味しかった.パスタを自炊するのもこれが最後かな.日本から持参した食材で残っているのが,レトルトカレーとお麩なんだけど,お麩の使いどころが全くわからないので,逆輸入する予定.


その後だらだら論文や MathSciNet を眺めていたら,上手い具合に方程式を「分解」する方法を思いついた.明日確認してみよう.


08月19日(Day 87 / 100)

昨日少し夜更かししたせいで,大学には10時過ぎくらいに行った.部屋に向かう途中で Galdi 先生に遭遇した.ダルムシュタットから来ているトーマス君とこれから議論するところだったらしく,「あとで君のところに行くよ.30分待ってて」と言われたけど,結局やってこなかった.ひょっとして30分後私の部屋に来いって言ってたのかな.わからない.でも Galdi 先生の性格だったら,"Please" come to my office と言うと思うんだよな.Please は言っていなかったと思うから,来いとは言われていないはず.


さて,昨日思いついた方法をちゃんと手を動かして確認したら,概ね正しそうなことがわかった.一歩前進.方程式系を熱方程式とポアソン方程式に分解できる,と言うのはポイントが高いと思う.もしかしたら見落としている部分や勘違いしている部分もあるかもしれないので,一応簡単に LaTeX でまとめて明日か明後日くらいに Galdi 先生にメールで報告しよう.表面張力がない場合しかまだ考えていないけど,ある場合も......きっとできるだろう(希望).


秋の学会まであと1ヶ月だなあと考えていたら,出張申請をしていなかったことを思い出した.今年度から出張申請が電子申請になったのはいいんだけど,レイアウトを何とかしてほしい.てか,5月の仙台出張の分のお金がまだ振り込まれていない気がするな.んー,帰国したらいろいろ事務作業がありそうで嫌だなあ.


夕飯は土日に買えなかったピザを買った.

このピザを食べるのも最後......かな.もしかしたらあと1回くらいは食べるかもしれないけど.


08月20日(Day 88 / 100)

どうしても印刷しなきゃいけない書類(3ページ)があるから,院生室の人に「プリンターある?」って聞いたら「知らん」って即答された.んー,やっぱプリンターないのかな.使っている人も見かけないしな.私が嫌われているから教えてくれなかった,ということではないと信じよう.日本ならコンビニでささっと印刷できるから困ることはなかったけど,海外だとそういうわけにもいかないので,帰国したらモバイルプリンターを買おう.何かおすすめがあれば教えてください.


昨日,一昨日で思いついたアイディアは,元の方程式系と「分解」した方程式系は同値ではないことがわかった.やっぱダメなんだな.Solonnikov 先生の最初の論文を読むと "quarter" space での解析がベースになっているので,やはりこの空間での解析をまずやらないとダメだな.ただ,この場合は inhomogeneous な boundary data を扱うのが大変なので,Wilke 先生のような reflection argument を使わざるを得ないのかな.わからないけど.


今日はダルムシュタットから派遣されているトーマス君とどんぶりを食べた.

彼と私の研究分野はほぼ同じなので,話に困ることはなかった(すらすら話せたとは言っていない).彼と話してて思ったけど,論文書けたら何かしら指導教員からフィードバックはもらうよね.ふつうなら.


そんな彼は明後日誕生日らしい.夜 Galdi 先生と食事するから一緒にどう?と誘われた.もちろん快諾した.


08月21日(Day 89 / 100)

一日中 contact line problem を考えていたけど,何もわからない.とりあえず,少し勘違いしていた部分の理解を訂正することはできたけど,結局何もわかっていない.Galdi 先生からも返信ないしどうすりゃいいんだ.


いろんな人から「わからないなら先生に聞けばいいんじゃない?」って言われそうだけど,たぶん先生もわからないんだよな.いろんな偉い先生が書いた論文を読むと「この問題(私が取り組んでいる問題)はかなり難しいので,この論文ではまず~~を証明する」って書いてあるから,やっぱり難しい問題なのだろう.なぜ一流の数学者たちが(難しすぎて)投げた問題に私は取り組んでいるのでしょうか.正直嫌になってきたな.


いろいろ考えたけど,方向性としては

① Wilke 先生の謎の reflection argument を使う.

② Mellin 変換+Parseval の等式で解をダイレクトに評価する.

③ Operator sum method で最大正則性を証明する.

④ その他

しかないと思う.一番いいのは①で,この場合は半空間における結果から最大( L^p - L^q)正則性が出せる.ただし,彼の証明が理解できないし,本当に正しいのか疑問.②は古典的な方法だけど,レゾルベント評価を出すとなると定常解の存在の証明と少し違う議論を行う必要があり,有効かどうかはわからないし,Mellin 変換の逆変換が少し厄介なので,Parseval の等式の力を借りる必要がある.そのため, L^2-framework でしか考えることができない.これに関連するのは③の方法だけど,Free boundary と slip boundary を「くっつけた」半空間における解の存在をまず証明する必要がある.その後,適切な変数変換と operator sum method により最大正則性を証明できるかもしれないけど,boundary data が inhomogeneous なのが厄介である.こう考えてみると①が一番いいんだけど,証明が意味わかんないんだよな.領域の対称性を用いていろいろ議論しているけど,「それはそうなの?」って思うところが多すぎる.まあ自分に知識がなさ過ぎるだけだと思うんだけどね.


本当に③の方法は「良い」のか再考してみた.ずっと考えてみたけど,やっぱり,動径が非負なので,これを  \mathbb R に拡張しようと思ったら  r \mapsto e^x なる変換を考えないとダメみたいだ.そうすると微分作用素に指数関数を掛け合わせたものを考える必要があって,Fourier 変換を施そうとする際にじゃまになる.なんとかしてこれを上手く解決できないか考えてみたけど,無理そうだ.一つ案として思い浮かんだのは,負の動径を導入する,というものだったけど,この場合は偏角をいじらないと負の動径が well-defined にならないのでだめ.困ったなあ.


08月22日(Day 90 / 100)

やっぱり contact line problem を解くには reflection しかダメかなあっていろいろ漁っていたら Köhne 先生の博士論文(?)に少し載っていることがわかった.

link.springer.com

いろんなことが丁寧に記述されていて,もっと早く知りたかったなあって思った.持っておいて損はないと思うから,帰国したら購入しよう.でも,この本ではどうやって証明しているのかなあって読んでみたけど,Wilke 先生とあんまり変わらなさそうだった.んー,やっぱ reflection はダメなのかなあ.


今日は Thomas 君の誕生日.そして,Galdi 先生と3人で見晴らしのよいところでディナーです.

うん.いかにも高級レストランという感じ.こういうところで食事をするのはいつぶりだろうという感じ.

ここのお店はシーフード.生牡蠣を(一人あたり)4つずつ食べ,烏賊のから揚げを少し食べたあとにこのメインを食べたのでお腹いっぱい.あとで調べてみたらハタを食べたみたい.初めて食べたような気がするけど,美味しかった.しかも骨はなくて食べやすかった.お皿の手前に転がっているのは海老.もちろんこれも美味しかった.


その後,じゃデザートを頼もうということになったのでチーズケーキを注文した.

Galdi 先生はチーズケーキが好きだけど,故郷のイタリアにはチーズケーキがないことを嘆いていた.ケーキの写真は暗かったけど,その代わり夜景がきれいになっていた.

ピッツバーグダウンタウンを一望できる.こんなところでイケメンとディナーしたら惚れてしまうことでしょう.ちなみにピッツバーグ大学はダウンタウンから車で15分走ったとこにあるので,写真には写っていない.せっかくなので3人で写真を撮った.

左から Galdi 先生,Thomas 君,私(プライバシー保護のため少し加工しています).超一流の数学者(サッカーで言うとイニエスタくらいすごい人)と写真が撮れるというのは感慨深いものがある.なんて贅沢な体験なんだ.


食事中,Galdi 先生からたくさんありがたいお話を聞くことができた.滞在中,私は何度も Galdi 先生「難しい問題だから取り組むんだよ!解けたら有名人だよ」って言われたけど,どうやら Galdi 先生が Serrin 先生のもとでポスドク(簡単に言うと下積み期間)をしていたときに言われ続けた言葉らしい.Galdi 先生が「こんな問題解けたよ」って Serrin 先生に報告したら「これは simple で面白くないので投稿する意味がない」っていうやり取りが日常茶飯事だったようだ.結局 Serrin 先生のもとでポスドクをしていたときは1本も投稿しなかったとのこと.日本でもこういうスタイルが現在でも通用するかと言われれば難しい部分はあると思うけど,欧米の若手数学者を見ているとこういうスタイルの人は多い気がする.前からうすうす気づいていたけど,「この人が書いた論文なら安心だ」と思われるくらいハイクオリティーハイインパクトな論文を書けるようにならないといけないと思う.まあ要は世界中の数学者に自慢できるような論文を書かなきゃ意味がないよねって思う.


あ,ちなみに食事の御代は3人で(チップ込みで)400ドルくらいだった(伝票がチラッと見えてしまった).Galdi 先生ごちそうさまでした!研究頑張ります!!


08月23日(Day 91 / 100)

昨日およそ3ヶ月ぶりにお酒を飲んで酔ってしまったので,ぐっすり寝てた.起きたら9時くらいだった.


昨日 Galdi 先生にいろいろ励ましの言葉をいただいたので妙に研究する気があった.ずーっと悩んでいる Wilke 先生の論文,ここ変じゃない?って Galdi 先生に質問したメール,Galdi 先生に無視されているなあと思ったら,ちゃんと読んでいて,たしかに証明にギャップがあるね,と言われたのが少し自信になったのかもしれない.まあ解決しなきゃ意味がないんだけどさ.


いろいろ考えてみた結果,どうやら Wilke 先生の方向性は正しいけど,証明が間違っているような気がしてきた.実際に,昨日たまたま見つけた論文は私が考えたい領域を扱っていて,Wilke 先生とほんの少し違う議論をしていた.ようやく光が見えてきた.たぶん(いわゆる) L^p - L^q framework で考えようとすると少し計算が大変っぽい.かといって,柴田先生の結果を引用すると行いたい議論を行えないから(昔の論文を引用できれば問題なそうに見える),たぶん時間と空間の両方が  L^p の枠で考えることになるのかな.扱いたい領域は有界領域だけなのでたぶん困らないでしょう.指導教員に「私は好きじゃない」とか言われちゃうかもしれないけど知ったこっちゃない.


今日はパンが美味しくないパン屋さんでサラダを食べ,

冷蔵庫に残っていた食材(玉ねぎ,冷凍のミックス野菜,豆をすりつぶした何か)を混ぜてご飯にかけて食べてみた.

うん,美味しくない.ピクルスを食べながら食べると味はまともになっていたので,もしかしたらお酢を少しかければおいしいのかもしれない.これが(ちゃんと)自炊する最後の料理(予定)だと思うと少し悲しい.


08月24日(Day 92 / 100)

今日と明日は Thomas 君と遠出(注:長期の出張ですが,土日は基本的に休日扱いで日当も出ません).どことは言わないけど.


遠出をするために,空港でレンタカーを借りようということになったんだけど,空港までバスで移動する際,バスがめっちゃ遅延してて笑った.来週の日曜日とうとう帰国だけど,朝6時くらいには空港にいなきゃ行けない.始発で行くと時間ギリギリな上に,バスが時間通り来ないということになると,空港に前泊するのが最適なのかもしれない.


自動車で移動してる際,Thomas 君といろいろお話ししたけど,英語がもう少し話せれば会話をもうちょい楽しめたのかなって思った.前から思ってたけど,英語が話せないというのは「もったいない」気がする.帰国したら英語勉強しよう(n度目).


遠出した先でたくさん自然に触れ合うことができた.写真等はインスタのストーリーに上げているので,私の知り合いは(見たければ)それを参照してください.



今週も研究の進捗はありませんでしたが,いろんなことを得られた,割と充実した1週間だったような気がします.帰国まで1週間,何とか contact line problem について結果や方向性を得たいものです.前回の記事では「更新が少し遅れます」と連絡しましたが,Wifi がつながったのでこうして記事を更新している次第です.ピッツバーグの涼しい気候に慣れてしまったので,酷暑の東京に戻るのは躊躇してしまいますが,やっぱり日本に帰りたい気持ちの方が強いと思います.次回の更新は09月01日を予定しております.なお,次回は『アメリカ滞在記』の最終回となります.では.