べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

続・学振の書類の書き方。

みなさんこんにちは.べっくです.以前気まぐれで学振(より正確には特別研究員)の書類の書き方を記事にまとめたのですが,思ったよりも好評でした.

前回の記事:
watanabeckeiich.hatenablog.com

前回の記事にて

また,これまでに添削した学振DC, PD の中で採択された数は7〜8くらいだと思います。

と書きましたが,きちんと数えてみたところ次の通りでした.

【2020年】学振DC2:1名
【2021年】(添削なし)
【2022年】学振DC1:1名,学振DC2:1名
【2023年】学振PD:1名
【2024年】学振DC2:2名,学振PD:3名

実際にはもう少し多かったですね(内定者数のみなので,実際に添削した数はこれよりも多いです).科研費の添削も経験があり,これまでに研究活動スタート支援(3名),若手研究(4名)の採用者がいますので,自分で言うのもなんですが,この手の申請書作成や添削にはある程度慣れています.


今回の記事ではもう少し具体的な内容などに踏み込んで説明したいと思います.また,学振の書類の書き方を何も知らないという方はまずは大上先生の資料を読んでおいてください(以降,この資料を理解しているという前提で話を進めます).

www.docswell.com


学振の書類の書式は2022年採用分以降,大幅に変更されましたが,そのせいか,以下に挙げる書き方(特に研究業績の説明の部分)は人によって様々ですので,あくまでも参考程度にお考えいただければと思います.この記事では,本や記事などはあまり見かけないものの,個人的に気をつけている点について説明したいと思います.これまでにある程度の人数が採用されているので,それなりに再現性はあると思います.今回は記事が長くなりそうなので目次を用意しておきます.

1. 白黒印刷でも読める申請書にする;とにかく物理的に読みやすく

学振の募集要項(https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_sin.html#u20230706120538)の 3 ページを見てみると

審査委員は、紙媒体の申請書又は電子媒体の申請書のいずれか(又は両方)を用いて審査します。 紙媒体で審査される場合はモノクロ印刷のため、印刷した際、内容が不鮮明とならないよう留意してください。電子媒体で審査される場合は、「研究者養成事業電子申請システム」にアップロードされたPDF をそのまま用います(カラー表示のPDF データをアップロードした場合は、カラー表示の まま審査されます

とあります.気をつけるべきは申請書が紙媒体で審査される可能性があるという点です.この記事を読んでいる人の中には「今どきわざわざ紙媒体で申請書を読む人なんていないでしょう」と思う方もいるかもしれませんが,紙媒体の方での審査を好む審査委員は結構多いと思います.例えば,紙媒体の方を見ながら PC の方で申請書の評価を書けるので,デュアルモニターやかなり大きなディスプレイでもない限り,電子媒体の申請書を読みながら審査を進めるのは効率が悪いなと個人的には思います.私が審査委員だったら紙媒体の方で審査しますね.申請書で重要そうなところに印をつけたり,仮の点数を書くことなどが容易そうなので.あとは,カラーの申請書を好む学生の中には,審査委員の中には色覚異常(昔の言葉だと色盲)の方がいる可能性があることを忘れてしまっているのではないでしょうか.結局のところ,白黒印刷でも読める申請書にしておくことが無難です.


また,学振の書類を書いている学生は審査委員の多くが初老〜老人であるということを知らない,あるいは忘れていると思います.これはつまりどういうことかというと,老眼のために小さな字が読みにくい審査委員が少なくないということです.そのため,図表も含め,申請書に書かれた小さい字は読まれないと思った方がいいです.もちろん,図表などでどうしても小さな字を書かないといけないということはあり得ますが,小さな字を読ませようとするだけで審査委員に無用なストレスをかけているので,これも極力排除しましょう.審査委員にストレスをかけたからといって評価が下がる可能性はかなり低いとは思いますが,審査委員にストレスをかけて評価が上がることは決してありません


上記に関連することですが,研究計画などを記述する際に,最後にまとめて参考文献の一覧を小さな字でまとめて書いている人が結構多いですが,これもやめましょう.実際に,参考文献を列挙しても審査委員はすべて参照するとは限らないと考えておいた方がいいです(そもそも審査委員が自分の大学で論文を入手できない可能性もあり得ますしね).先行研究について言及する場合は「〜〜の研究は Hoge et al. (Science, 2020) によって行われてきた」というように簡潔に書くだけで十分です.

2. きちんと項目毎に分けて書く

大上先生の資料(https://www.slideshare.net/tonets/gakushin24pdf)にある通り,言われた通りに書くというのは申請書を作成する上での鉄則です.ただ,項目毎にきちんと分けて書けていない学生を結構見かけます.以下,2025年度採用の学振の申請書類を例に「項目毎に書く」ことを説明したいと思います.


申請書の「2. 研究計画(1)研究の位置づけ」の指示の部分を見ると

特別研究員として取り組む研究の位置づけについて、当該分野の状況や課題等の背景、並びに本研究計画の着想に至った経緯も含めて記入してください。

とあります.この場合に,① 当該分野の状況や課題等の背景,② 本研究計画の着想に至った経緯の二点に分けて書く人が多いですが,これではダメです.この場合は,きちんと①当該分野の状況,②当該分野の課題,③ 本研究計画の着想に至った経緯の三点に分けて書くべきです.つまり,書くべき項目が細かく設定される場合は,それぞれに分けて書かないといけないわけです.もし「当該分野の状況」と「当該分野の課題」をまとめて書いてしまうと,審査委員の中には「この研究の状況はわかったけど何が課題なんだろう」と思う人がいるかもしれません.その結果,「研究で何をしようとしているかはわかるけど,それは解決すべき課題なのだろうか.税金を投資して進めるべき研究課題なんだろうか」という印象を持たれてしまうかもしれません.このような不利益を避けるためにも,きちんと項目毎に分けて書く必要があります.


項目毎に分けてかけていたとしても,文量のバランスが悪いと申請書としては評価されにくくなりますので注意が必要です.申請書の「2. 研究計画(1)研究の位置づけ」のページで言えば,①当該分野の状況(30%)②当該分野の課題(30%)③ 本研究計画の着想に至った経緯(40%)くらいの割合で書くべきです.申請書の作成に慣れていないとどうしても①当該分野の状況や②当該分野の課題といった客観的な事実(つまり誰でも書けること)に対する文量が多くなりがちですが,申請書ではあくまでも研究の独自性や革新性が評価されるので,誰でも書けることをダラダラと書いていても意味がありません.よって,「2. 研究計画(1)研究の位置づけ」のページで言えば「③ 本研究計画の着想に至った経緯」の文量が一番多くないとダメなわけです.もし私が2025年度採用の申請書を書くとするならば,次のように分けて書きます.

【2. 研究計画(1)研究の位置づけ】
①当該分野の状況(30%)
②当該分野の課題(30%)
③ 本研究計画の着想に至った経緯(40%)

【2. 研究計画(2) 研究目的・内容等 】
① 研究目的(箇条書きで3〜4項目;DC2ならば2〜3項目)
② 研究方法・内容(「① 研究目的」と合わせて1ページに収まる文量)
③ 研究の特色・独創的な点(1)先行研究等との比較(1ページのうち30%)
④ 研究の特色・独創的な点 (2)本研究の完成時に予想されるインパクト(1ページのうち30%)
⑤ 研究の特色・独創的な点 (3)将来の見通し(1ページのうち30%)
⑥ 海外渡航計画(10%)

[注]言うまでもなく(専門分野が被るとは限らない)審査委員にとっては「研究の特色・独創的な点」の項目が理解しやすい部分であるので,この部分の文量が一番多くなるようにすべきです.採択された申請書の中には「研究方法・内容」をたくさん書いて,「研究の特色・独創的な点」を少しだけ書いているものもありますが,それは審査委員ガチャにたまたま当たったと考えておいた方がいいでしょう.

【2. 研究計画 (3) 受入研究室の選定理由】※ 学振PD の場合

① 受入研究室を知ることとなったきっかけ(25%)
② 当該受入研究室で研究することのメリット(35〜40%)
③ 当該受入研究室で研究することによる新たな発展・展開(35〜40%)

【3. 人権の保護及び法令等の遵守への対応 】
ある意味「お約束」の項目なので,この部分の項目で採択の可否は左右されないと思っても大丈夫です(この項目を設置するのは大人の事情というやつです).よって,該当しない場合は「該当なし」で十分です.生物系などで該当する場合は所定の手続きに従って研究を進める旨を書くだけでいいと思います.

【4. 研究遂行力の自己分析】
① 研究に関する自身の強み(70%;つまり1ページ半くらい)
② 今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素(30%)

【5. 目指す研究者像等】
① 目指す研究者像(5〜6行;どんなに多くなっても7行まで)
② 目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ

[注]この「目指す研究者像等」の項目を「ポエム」とか「自己PR」とか揶揄する声もたまに聞きますが,そんな無駄なことの記述は学振(日本学術振興会)は求めていません.無駄だったらとっくの昔に無くなっています.この項目もきちんと評価対象になっていると心得ましょう.ただし,「② 目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」の方が主に評価されると思っておきましょう.つまりこの項目をかなり多く書く必要があります.それにも関わらず,申請書を書く学生の中には「① 目指す研究者像」を半ページ近く書いている人が少なくありません.この「① 目指す研究者像」はあくまでも評価コメントを作成する際の参考にされると思っておけばいいかなと思います.評価コメントは簡潔に書く必要があるので,「① 目指す研究者像」はかなり簡潔に書いておいた方が審査委員に無用なストレスを与えないで済みます.評価されることをきちんとアピールするというのは社会常識です.仕事と同じですね.


この記事を読んでいる人の中には「項目毎に分けて書けと言われても難しいし,私の分野の場合はちょっと特殊だからちょっと項目をまとめて書いた方が読みやすそうだな」と勝手に判断する人もいるかもしれません(例えば当該分野の状況と課題をまとめて書くなど).それはただの甘えです.採用されたければ妥協せず頑張って項目毎に書きましょう.もしかしたら「そんなこと言われても書くことないしなあ」と思うかもしれませんが,その場合は研究課題の設定が甘いです.この場合は研究課題の設定からきちんと再考した方が良いと思います.

3. 書きにくいことだからこときちんと書く

学振の申請書が毛嫌い(?)されている理由の一つに,書きにくいことを書かないといけないというのが挙げられると思います.例えば2025年度採用の申請書だと

  • 研究の特色・独創的な点
  • 研究遂行力の自己分析
  • 上記の「目指す研究者像」に向けて、特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ

あたりが書きにくいと感じる学生が多いかと思います.これらの項目は書きにくいからこそ差がつきます.文句を言わずにきちんと書くようにしましょう.それぞれの具体的な書き方は後に説明します.

4. 1回読んですぐに理解できるように書く

任期が終わった過去の審査委員の一覧は学振のウェブサイト(https://www.jsps.go.jp/j-pd/iin_syuryo.html)から確認できますが,多くの先生方の肩書きが大学の教授や准教授です.学生はあまりピンとこないかもしれませんが,基本的に大学教員というのは忙しいものです.特に偉くなればなるほど忙しくなります.肩書きが助教や講師とかでそんなに偉くなく,研究はぼちぼちやっていますという感じの教員であっても,学内のお仕事,さらに育児や介護などで忙しいかもしれません.つまり,審査委員は普段からそれなりに忙しいにも関わらず学振の審査も引き受けているわけです(論文等の査読と同じですね).


審査委員が忙しいということは,1回読んだだけではわかりにくい申請書はきちんと評価されない可能性が高いということです.この場合は,例えば,評価コメントで「〜〜については不明瞭である」と書かれて終わりです.もちろん,親切な審査委員であれば申請書に書かれた意図を理解するまで何度も繰り返し読んでもらえるかもしれませんが,これまでの経験上,1回読んだだけではわかりにくい申請書はそもそも申請書としての精度が低い(推敲の回数が少ない)ので,改善の余地があります.これは学術的な正しさの評価を行う論文の査読とは大きく異なる部分です.申請書では正しいことを書いているというのは大前提ですが(もし虚偽のことを書いていたら研究不正に当たります),それ以上に申請書で大切なのは何よりわかりやすいかどうかです.

5. 申請書で問われていることの意図を理解し,論理を組み立てる

説得力のある申請書を書くためには,まず申請書のからくり(申請書で問われていることの意図)を理解する必要があります.一応大上先生の資料(https://www.slideshare.net/tonets/gakushin24pdf)でも説明されていますが,残念ながら強調はされていない印象を受けます.以下に述べる申請書のからくりはどこかに記載されているというわけではありませんが,私なりの見解を述べます.


【2. 研究計画(1)研究の位置づけ】は,既存の研究の限界及びそれを打破するためのアイディアを書くページです.研究内容の詳細はこの次のページに書くわけですが,新しいアイディアを使うとどんなことができそうかということを書く必要があります.つまり研究内容の匂わせなわけです.また,すでにある程度の結果が出ているのであれば,アピールするようにしましょう.例えば,「申請者はこれまでに XXX の手法を用いて YYY の結果を得た(論文 [1]).しかし,最近申請者は ZZZ は WWW であるのではないかということに気づき,VVV は UUU ではないかと予想した.これによって〜〜〜を解明できると考えた」とストーリー展開すると良いでしょう.学振PDの場合は受け入れ教員との関わりをこの部分で匂わせると良いです.


【2. 研究計画(2) 研究目的・内容等 】は前のページで匂わせた研究内容の答え合わせを行うページです.研究目的は「次の研究 (I), (II), および (III) を研究目的として設定する」とまず書いて,その後それぞれの項目を箇条書きで書きます.研究目的をダラダラ書く人が多いですがやめましょう研究内容・方法はそれをきちんと分けられる分野(例えば実地調査を行うとか大型の実験装置を使うとか)でもない限りはまとめて書いても問題ないと思います(ある意味で研究内容と研究方法は同じですので).この項目では研究目的で挙げた項目の詳細を説明します.審査委員の専門分野と合致するとは限らないという点に注意して,専門的になりすぎないように書くようにしましょう.学振の申請書の書き方のコツでよく「高校生にもわかるように書け」とか挙げられますが,きちんと論理的に書いてあれば理解してもらえると思って大丈夫です.実際に,専門分野は違えど,審査委員はプロの研究者ですので,学術的な深い意味はわかっていなくても,とりあえず形式的には理解してくれます.ただし,専門用語が多いと論理にギャップがあるように見えがちなので,専門用語が多くなってしまう場合は説明をより簡潔になるように修正した方が良いでしょう.本研究の特色・独創的な点では,【2. 研究計画(1)研究の位置づけ】で言及した文献(これまでの研究の限界)に触れつつ,研究の新しいアイディアはなんなのかをきちんと客観的かつ具体的に説明する必要があります.この細かい書き方については後程説明します.


【4. 研究遂行力の自己分析】では業績一覧を作成してそれを羅列するだけではダメです.むしろ御法度です.ここではあくまでも「研究に関する自身の強みは何か?」ということを聞かれているわけです.この辺を勘違いして「私の強みは多くの業績です」と主張する人がいますが,業績はあくまでも過去のものであるので,それが多かったから今も強い(?)というのは論理が破綻しています.そうではなく「私には XXX という強みがある.この強みを活かして YYY という研究を行ってきた」というように書くべきです.この辺をよくわかっていない人が結構多いと思います.特に,学振DCの場合はある程度ポテンシャル採用みたいなところがあるので,どのような強みがあるかはきちんと主張するべきです.そして,「今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素」の項目では,【5. 目指す研究者像等】で述べる「目指す研究者」になるためには何が足りないかを書きます.特にこの項目は【5. 目指す研究者像等】で述べる「目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」とリンクさせるようにします.つまり,「目指す研究者になるには AAA が足りない.だから,特別研究員の採用期間中は BBB という活動に取り組むんだ」という論理が隠れているわけです.このことをきちんと申請書に落とし込むことで,より説得力のある申請書が書けます.【4. 研究遂行力の自己分析】及び【5. 目指す研究者像等】の具体的な書き方については後程説明することにしましょう.

6. 海外渡航の可能性がある場合はアピールする

申請書の【2. 研究計画(2)研究目的・内容等」に

研究計画の期間中に受入研究機関と異なる研究機関(外国の研究機関等を含む。)において研究に従事することも計画している場合は、具体的に記入してください

という指示があります.わざわざ外国の研究機関等を含むと書いてあるので,海外渡航の可能性がある場合はきちんとアピールすると良いです.これは1ヶ月程度の短期滞在であっても主張すると良いでしょう.(分野にもよるかもしれませんが)海外渡航するということで評価が下がるということは考えにくいです.


一般論として,将来的にアカデミックポストの獲得を目指したいのであれば,時間に余裕のある学生のうちに海外に行くことは非常に重要です.実際に,教員公募の書類で海外渡航の経験を問われることがありますし,海外の研究者との繋がりの有無が採用の可否につながることも少なくありません.指導教員の紹介を受けてどこかに行くというのが理想ですが,もしそういう繋がりがない場合は,国内で行われる学会や研究会などで指導教員以外の研究者と知り合いになっておき,その紹介でコンタクトを取るというのも一つの手です.一応奥の手としては,直接メールを送って受け入れを打診するというのがあります.この奥の手の場合は,研究業績がほとんどないと相手にしてもらえない可能性があるという点でハードルが高いです.

7. 「研究の特色・独創的な点」の書き方

この項目は多くの学生が書くのに手こずる部分ですが,書き方は至って単純です.申請書には (A) 既存の研究の限界及び (B) やりたい研究を書くわけですが,(A) と (B) の間には当然のことながらギャップがあります.このギャップをどう埋めるか?が研究の特色・独創的な点になります.少し注意すべきは「新しい方法を使って研究します」と書くだけでは主張が弱いという点です.これは「新しい方法を使って研究することで既存の研究の限界を打破できて,将来的にこんな面白い研究ができると考えられる」というように書くといいです.つまり,「新しい方法」そのものに研究の独自性があるのではなく「新しい方法によって研究の困難さを乗り越えられる」という点に研究の独自性があるわけです.


上記のことに注意して「研究の特色・独創的な点」を書いたとしても主張がなんか弱いなと感じる場合は,そもそも研究課題の設定が甘く,(A) 既存の研究の限界及び (B) やりたい研究のギャップが小さいと考えられます.研究の目標は高く持ちましょう.特に学生であればまだまだ人生の先は長いので,研究の夢や野望を抱くことは重要だと思います.


ちなみに,研究の特色・独創的な点をアピールする際に,言葉使いに非常にこだわる人がいます.例えば「本研究では,AAA という手法を使って BBB が解析できるという点が特徴的である」とするか「本研究では,AAA という手法を使って BBB が解析できるという点が革新性的である」とするか,といった具合です.申請書の最終版を推敲している場合はともかく,まだ十分に推敲できていない場合は,このような日本語の微妙なニュアンスの確認は後回しにしましょう.個人的には,言葉使いにオリジナリティを出しても申請書の評価はさほど変わらないと思います.

8. 「研究遂行力の自己分析」の書き方;研究業績は羅列しない

先程も説明したように研究業績は「強み」にはなりません.研究業績はあくまでも業績という客観的なものです.研究に関する自身の強みに関しては3つ項目を挙げるといいでしょう.3つだとバランスがいいので.何が強みになるかは人によって様々ですが,例えば

  • 主体性
  • 勤勉性
  • 積極性
  • 問題提起・解決能力
  • 国際性
  • 発想力
  • コミュニケーション能力
  • 教育力

など,パッと思いつくだけでもこれらが挙げられます.これらについて具体的な活動やエピソードを交えつつどのような強みがあるのかを書きます.そして,これらの強みを活かした結果,研究業績が出た,というストーリー仕立てにするべきです.


これだけではなかなかピンとこないと思いますので,架空の例をもとに説明することにしましょう.ここでは積極性・主体性に強みがあるとしておきます.

設定:A さんは研究 X の内容を修論にまとめた.研究 X の結果は,学会 B で発表予定であり,現在準備中である.

という場合,私なら

「申請者の研究室では定期的に指導教員を交えたミーティングが行われているが,その際に毎回新しい研究進捗を報告することを心がけている.その結果,修士論文では[研究 X の結果]という,研究当初からは予想できない結果を得ることができた.また,申請者は自身が新しく発見したことを広く発信していきたいと考えており,学会 B にて発表予定である.

(学会 B の詳細;タイトルなど)

このことから,申請者は高い主体性と積極性を持って研究に取り組んできていると言える.」

と書きます.繰り返しにはなりますが,研究業績はあくまでも客観的な証拠であり,業績のポイント数だけでは申請書の採択の可否は決まりません.業績のポイント数だけで決まるならそもそも審査委員を複数名も用意しません.もし業績が多く,すべて書くと文章がほとんど書けないという場合は,「国際学術誌:他○報」という感じでまとめてしまっても良いと思います.


分野によってはなかなか研究業績がないということも十分にあり得ます.ただ,このような場合であっても自身の強みを書くことは可能だと思います.もちろん,その「強み」が主観的なものではないということをアピールするためには客観的な証拠が必要です.例えば,語学力があるという場合は TOIEC のスコアを書いたり,学会や研究会で知り合った外国人を駅まで案内したというエピソードなどを書けると思います.さらに,勤勉性に強みがある場合は,学部のときの成績が優秀で卒業式の際に表彰されたとか,仮に業績がなかったとしても色々書けると思います.しかし,大前提として,これらの強みは研究に関連するものに限ります.よくありがちなのは「何日も徹夜できる体力がある」という強みですが,これは評価されないと思った方がいいです.仮に「この申請者は何日も徹夜できる体力があるので,多くの研究結果が望める」なんてことを評価コメントで入力して,過労死してしまったら誰が責任取るのでしょうか?研究費取れなかったらその研究を行なっていなかったわけで.また,「努力を惜しまない」と書く人も多いですが,研究者は努力して当たり前ですので,わざわざ強みに挙げることは恥ずべきことだと思った方がいいです.いろいろ書きましたが,明らかにおかしな記述は添削してもらう際に修正されますので,申請書の初稿が完成していない人はまずはその初稿を完成させましょう.

9. 「目指す研究者像等」の書き方;自己PR文にならないようにする

この「目指す研究者像等」の項目もれっきとした評価対象です.間違っても「ポエム」とか「自己PR」などと考えないようにしましょう.学振DCやPDに申請する多くの人は研究者となることを目標に頑張っているかと思いますが,その気持ちが強すぎて「目指す研究者像」を長く書いてしまいがちです.先程も述べたように,「目指す研究者像」は評価対象になりにくく「目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」は評価対象になりやすいのでこれらに留意して申請書を書くと良いでしょう.


「目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」の例としては

  • 研究留学
  • アウトリーチ活動(例えば母校訪問など)
  • (指導教員の弟子筋ではない)他大学の先生との共同研究
  • 異分野・異業種研究交流会への参加
  • 研究成果発表
  • 勉強会や研究会の開催

などが挙げられます.ただ,正直なところ,この部分で他の人と差がつくとは思いません.なぜなら,前回の記事(https://watanabeckeiich.hatenablog.com/entry/2024/02/19/155952)でも説明したように,採択の可否は ① 提案する研究の内容及び② その研究の実行可能性の二点で決まるためです.


ではなぜ「目指す研究者像等」の執筆が求められるのか.それは申請者のポテンシャル(伸び代)を見極めたいという思惑があるためだと思います.学振の審査において評価書は重要であるというのも同様の理由です.つまり,申請書の後半の部分,【4. 研究遂行力の自己分析】及び【5. 目指す研究者像等】は研究の実行可能性を判断するための資料であると考えて良いでしょう.

10. 数物系であっても Word で書類を作成する

学振の書類は LaTeX でも作成できますが,Word で作成するようにしましょう.学振の書類を LaTeX で書きたがる人の多くは数物系の方々だと思います.その主な理由としては「数式が綺麗に書けるから」が挙げられると思います.ただ,数式がたくさんある申請書は大抵(言葉による)説明が足りないせいでわかりにくいことが多く,何より,数式がたくさん書いてあるような申請書は審査委員ガチャに外れた場合大変なことになります.極端な話,数学系の場合でも数式なんて申請書類に書かなくたって構わないわけです.そうなるともはや LaTeX でわざわざ数式がほとんど書かれてない申請書を作成する利点がありません.具体的なことを多く書けば内容を理解してもらえると思っている学生が非常に多いですが,内容が細かくなればなるほど,申請書の評価が専門分野の近さに依存してしまう傾向が高くなります.あくまでも申請書で大事なのは筋の通ったストーリー展開されているかどうかであって,申請書で書いたことを理解していることを(ある意味で)必死にアピールしても何の得にもなりません.


Word を使うことの利点は ① 意図するところに図を配置できることと ② フォントの変更が簡単であることの二点が挙げられます.冒頭でも説明したように,申請書はとにかく(物理的な)見栄えが大事です.LaTeX の場合は Word と比べて見栄えを整えるのにはあまり適しません.


とはいえ,一言二言数式が必要になるという場合もあります.そのような場合は数式エディタを挿入して書きましょう.その場合,フォントはデフォルトの Cambria Math ではなく LaTeX 風のフリーフォント Latin Modern Math にしておくと良いでしょう.

answers.microsoft.com

もし「数式エディタを挿入しながら Word で書類を書くのが大変だなあ」と思ったら,それは数式を書きすぎているか,Word を使うスキルが足りていないかのどちらかです.大学の事務関係では Word の使用は必須ですので,学生の皆さんは今のうちに慣れておくようにしましょう.

[おまけ1] 書類提出後にできること

学振の書類を提出した後,採択されるのを待つしかないわけですが,ただ祈って待つだけではもったいないです.採択の可能性を挙げる努力を可能な限り行うようにしましょう.もちろん,学振の審査は書類のみで行われるわけですが,ボーダーラインに乗った場合は,審査委員がインターネットで情報を調べることがあります(という話を聞いたことがあります).これは違法でも何でもなくて,例えば,申請書では論文がまだ投稿中とあったら,それがどうなったのかを調べるというのはごく当たり前の作業です.学振の審査は確か例年夏休み中(7月下旬〜9月上旬)くらいに行われていたと思いますので,審査の時期は申請書の提出期限の数ヶ月先であるわけです.もしその間に新しい研究業績があればアピールしたいですよね?そのためには,自身のホームページを作成するというのは非常に有効な手段です.ホームページであれば何でも好きな情報を載せられるので,例えば準備中の論文なども書くことができたり,研究の背景などを動画付きで説明することも可能です.審査委員がそのホームページを見るかどうかはわかりませんが,もし見てもらえた場合はプラスに評価されるかもしれません(もちろん,ホームページに好きなことが書けるからといって,差別的な発言など評価を大きく下げるようなことは書いてはいけません).


また,ホームページを作成することは,教員公募の観点からも重要です.実際に,ホームページを作成して自分自身をいろんな人に知ってもらうというのは研究者として発展してくためには必要不可欠です.したがって,将来アカデミックポストを目指すのであれば,学生のうちからホームページを制作しておくのが良いと思います.ただ,指導教員に黙って勝手に作成するとトラブルのもとになりますので,念のため許可をいただいてから作成するようにしましょう.ホームページを制作するタイミングとしては,早くても研究業績が何か出た時だと思います.もし研究業績がなければ,ホームページ制作よりもまず論文執筆に集中しましょう.

[おまけ2] 学振PDと教員どちらを選ぶべきか

結論からいうと,任期が3年以上ある場合は教員を選ぶべきです.任期なしのテニュアポジションならなおさらです.給与を比較したら学振PDでも悪くないのではないか?と思うかもしれませんが,社会的信用が全然違います.保険や年金なども大きく変わってきますしね.また,学振PDはあくまでもポスドクであって,教員ではありません.そのため,各大学では学振PDの扱いが学生とほぼ同じだと思います.もちろん,教員だと講義などの仕事があって研究との両立が(特に初めは)大変だと思いますが,まあそのうち慣れます,というより慣れるしかありません.


学振PD の場合は研究に専念できるという意味では理想的ですが,教育歴をつけるのが難しいことが多く,何かのコネがないと非常勤講師の話は回ってこないことが多いので,結果としてアカデミックポジションの獲得のハードルが高くなる傾向があるように思えます(もちろん分野に依りますが).極端な話,学振PD を辞退して教員をやって,数年後に任期が切れるタイミングで学振 PD の申請を行なっても問題ないわけです.一方,教員のポジションは任期付きであっても学振 PD のように採択率 20% という甘い話ではないので,そのようなご縁に恵まれたらすぐに乗っかるべきだと私は思います.学振 PD は学位取得後5年未満であればいつでも応募できるということを強く認識しておきましょう.



張り切って書いたら長くなってしまいました.以上のことがご参考になれば幸いです.早く学振の申請書作成が環境に依存せず,学振の書類の審査が研究の内容だけで勝負されるという日が来るといいなと思います.