みなさんおはようございます。べっくです。先日,日本学術振興会(学振)の特別研究員の公募が始まりました。
ようやく大学の後輩の多くが学振に採択されたので,このブログで学振 DC・PD の書類の書き方を大まかに説明しようと思います。学振DCの採択率は,近年では20%を切る狭き門になっていますが,母校の数学科の解析系の院生の採択率は8割を超えているので,きちんと準備しておけば採択される可能性は高いと私は考えています。「学振」は通常「日本学術振興会」のことを指しますが,大学院生の多くは日本学術振興会の特別研究員のことを「学振」と呼ぶことが多いかと思うので,以下,学振 DC のことを単に「学振」と呼びたいと思います。
学振の制度そのものは私が生まれる30年前から始まったものですが,その書類の「書き方」の心得については,この10年くらいで広く広まったような気がします。おそらく,一番「有名」なのは東工大の大上先生のものかと思います。
www.slideshare.net
私自身が学振DCに採択されて以降,かれこれ5年くらいは毎年学振の書類の添削を行なってきた関係で,大上先生のスライドは毎年確認していますが,毎年かなり参考になっています。ただ,私が思う重要なポイントの何点かが書かれていないような気がしたので,この記事ではその大切な点を挙げることで,この記事の読者の参考になれればと思います。なお,私のこれまでの戦績は以下の通りです.
学振DC1:面接 → 不採用(補欠,繰り上げなし)
学振DC2:採択(面接なし)
科研費(研スタ):採用
科研費(若手):採用
また,これまでに添削した学振DC, PD の中で採択された数は7〜8くらいだと思います。
[追記:2024年03月04日]
この記事では学振の書類作成に関する大まかな指針のみ記載しています。詳細な書き方についてはこちらの記事をご参照ください。
watanabeckeiich.hatenablog.com
1. 書き方 < 研究課題
私が毎年書類を添削していて思うのはこれです。調べてみるとすぐにわかりますが,採択された学振の研究課題の多くは,興味を惹かれれるものが多いと思います。書き方や見栄えがどんなに完璧でも,研究課題がしょぼかったら採択されません。学振の書類の作成に取り掛かっている大学院生の多くは限られた時間の中で,慣れない書類作成を,自分の力で仕上げようとしてしまいがちです。つまり,研究課題の設定にあまり時間を割いていない学生が多い印象を受けます。学振の書類を作成する段階において,研究成果が出ているかどうかはともかく,(先行)研究を何も知らないということはあまりないかと思いますが,不採択になっている書類の多くは誰でもパッと思いつくような研究課題であることが多いような気がします。ここで,「誰でもパッと思いつく」という意味は,研究課題の設定が甘く,その結果「どんな研究目標(将来の夢)」に向かって研究しようとしているか不透明ということになります。
学振の書類を作成に取り掛かる前に,具体的な研究課題の設定が大事なわけですが,うまく思いつかない場合は,まずは将来の目標や夢を考えるといいと思います。もちろん,大学院生の間はその目標を達成できることの方が稀だと思いますが,その目標に向けて,博士課程の間にどれだけ頑張ろうと思っているのか,そういうことを書き出してみると適切な研究課題が見つかってくると思います。また,言うまでもなく,受け入れ教員(指導教員)とのコミュニケーションは必要不可欠です。学生によっては,受け入れ教員が実質的な指導教員と異なることもありますが,評価書を作成してもらう関係上,提出する書類の中身に関しては一定のコンセンサスが求められます。
無意識のうちにやってしまいがちな例として,「今できることの延長」に研究課題を設定するというのがあります。一見問題がなさそうですが,学振の審査で求められているのは投資する価値のある研究課題であるかどうか?であって,結果が出せる研究課題かどうかではありません。もちろん,学振の書類で提案した研究課題については,応募者が責任を持って研究を遂行し,研究結果を出す必要がありますが,「多額のお金を投資する価値のある研究課題というわけではないな」と思われてしまったらアウトです。そのくらい,学振の採択における研究課題の設定の割合は大きな比重を占めています。
長年の未解決問題の解決を目指します!というような研究課題は流石に無理がありますが,自分の分野のトップジャーナルに通るような論文を書きます!ということを(直接書かずに)アピールする,ということが求められるわけです。
2. 学内締切の1ヶ月前に初稿を完成させる
これまでの経験から,不採択になる人の多くは初稿の完成がかなり遅いです。初稿に関しては,学内締切の1ヶ月前には完成させましょう。理由はいくつかあります。どこで拝見したかは忘れたのですが,どんなにひどい書類でも10回(大)改訂を行えば,勝負できる書類に仕上がる傾向があります。これだけの回数の改訂を行うには,やはり時間が必要です。第二点として,初稿を指導教員に見せた結果,指導教員から研究課題の大幅な変更を求められることが少なくありません。その場合,先行研究を一から調べ直す必要が出てくる場合もあるので,この場合もやはり時間が必要です。
学振の書類を作成する学生の多くは,論文作成の経験が少ないので,そもそも先行研究をあまり知らない傾向があります。もちろん,すべての学生がそういうわけではありませんが,(指導教員ならともかく)審査委員より先行研究を知らないということが少なくありません。先行研究の調査については才能も何も必要なく,単にちゃんと調べたかどうかという勤勉さが求められます。書類において,この辺がいいかげんな感じだといい加減な書類と思われてしまいがちです。学振の書類はサーベイ論文ではないので,細かな文献まで知っておく必要があるわけではありませんが,その手のプロなら必ず言及する文献については,きちんとフォローしておく必要があります。また,文献をきちんと理解し,他人に説明できるようになっておくことで,提案する研究課題にどのような価値があるのかを,客観的な視点から説明できるようになることが重要です。
3. 評価方法を知る;業績は大事だが数が重要というわけではない
学振の書類を作成している学生は,そもそもどのように学振の書類が評価されるかよくわかっていないので,採択されるかどうかが「業績のポイント数」で決まると思っている人が少なくありません。もちろん,業績が全くない(口頭発表も論文発表もない)場合は,特にDC2の場合はかなり disadvantage になりますが,業績が多ければいいかというとそういうわけでもありません。あくまでも,採択の可否は ① 提案する研究の内容及び② その研究の実行可能性の二点で決まります。研究業績や評価書は「② その研究の実行可能性」の客観的な証拠として用いられます。したがって,上で述べたように,研究課題がしょぼかったらどんなに業績があっても採択されません。この辺を勘違いして,学振の書類作成に注力すべきなのに,業績を増やそうと1〜3月に論文を「急いで」投稿したり,学会発表に「急いで」申し込んだり,いろいろ画策する学生がいますが,これらは悪手です。実際に,「急いで」作った業績のクオリティーは「それなり」のものだし,学振に採択された場合はともかく,不採択になった場合は「いい加減な研究をするヤツ」という印象を残してしまい,ただ評価を下げるだけで,長い目で見てもあまりいいことはありません。というより,審査委員の多くは忙しいので,業績を一つ一つ数えてわざわざポイントに換算して応募者の順位をつけたりしません。そんな時間があれば申請書をじっくり読みます。
ただ,逆に業績がゼロというのもあまり良くありません。実際に,業績が0か1というのはかなり大きな差があります。一方で,業績が1か2かというのは,あまり大きな差はありません。ただし,分野にもよりますが,数学系のように業績が出るまでに時間がかかるような分野の場合は,応募者の業績も似たり寄ったりですので,特に DC1 の場合は研究業績が全くなくてもあまり心配ありません。実際に,業績がゼロの場合でも採択された知り合いを何人か知っています。もちろん,業績がある場合は強い「武器」になりますが,それに過信せず,研究課題のブラッシュアップ等をコツコツ頑張るのがいいかなと思います。
また,あまりよく知られていない事実として,審査結果は点数(t-スコア)以外に,申請書に対する評価コメントの入力が求められるというのがあります。学振の審査の手引きはどこにあるかはわかりませんが,科研費の場合は
全ての研究課題の「審査意見」欄に、当該研究課題の長所と短所を中心とした審査意見を必ず記入してください
という指示があります(参考:審査・評価について|科学研究費助成事業(科研費)|日本学術振興会)。学振の審査において,ただ単に点数をつけるだけであれば,審査委員の先生方はあんなに苦労しません。したがって,学振の場合も科研費と同様に各書類に対する審査意見が求められていると考えるのが合理的です。ここで重要な点は,「審査意見」の欄において,研究課題については長所と短所の両方が必ず書かれるということです。どんなにひどい書類でも長所を書かないといけないし,どんなに優れた書類でも短所を書かないといけない。このような点が審査委員の負担になっているわけです。普通に考えてみれば,採択される申請書というのは短所が少なく,長所が多く書かれるものであるということになります。つまり,どんなプロ(審査委員)からもダメ出しされないような申請書を書くというのが学振採択の秘訣です。このようなことが「誰が読んでもわかる申請書を書こう」というアドバイスにつながっているわけです。
4. 不採択になった書類を絶対に参考にしない
学振の書類を作成しよう,と思ったときにまず考えることは,これまでの申請書をかき集めることかと思います。要は,大学などの定期試験の過去問を集め,対策を練るというのと同じ思想です。学振の書類作成の際も同じように考えてもらって構わないわけですが,不採択になった書類を絶対に参考にしてはならないということを,私は声を大にして主張したいと思います。
実際に,学振の書類を作成している多くの学生は,限られた時間の中で準備しているので,不採択になった申請書の書き方を肯定的に評価しがちで,(あまり良くない書き方であるにも関わらず)参考にし,書類を作成してしまいがちです。私のこれまでの経験で,「これは確実に採択されるだろう」と思った書類が不採択になることがあったので,不採択になった申請書の書き方のすべてが悪いということではありませんが,「あんまり良くない書き方」を極力排除するためにも,不採択になった書類を絶対に参考にしないという信念を持つことが大事かなと思います。(大学)受験などにおいて,合格体験記を参考にすることはあっても,不合格体験記を参考にすることはないというのと同じ理屈です。
上記と同じ理由で,これまでに採用されたことのない人に書類を添削してもらうというのもやめましょう。もちろん,初稿が出来上がる前段階において,いろいろと意見を求めるというのは構わないと思いますが,初稿が完成して,書類を仕上げるという段階に入った後はこれまでに科研費に採択されてきた先生や先輩方,あるいは先を越された "特別研究員"サンにコメントをもらって,それを素直に反映するというのがいいと思います。これまでの経験上,不採択になった方の意見は的を得ない場合が多いので,いちいち参考にしていたら振り回されるのがオチです。面倒なのはそういう人に限って後輩などの面倒見が良いので,後輩の方からするとなかなか断りずらいというのがありますね
まあ,いろいろ書きましたが,学振に採択されなくてもなんとかなると思います。なんとかならなかったらなんとかするしかありません。この記事を読んだみなさん,ガンバッテクダサイ。