べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

「数学の道しるべ」を読んだ。

先日、図書館にて儀我先生の本を探しているときに「数学の道しるべ 研究者とは何か」という本の存在を知りました。

数学の道しるべ―研究者の道とは何か

数学の道しるべ―研究者の道とは何か

  • 発売日: 2011/05/01
  • メディア: 単行本
 

パラパラ読んでみると意外と面白そうだったので借りました。今回の記事は、読んでみた感想と印象に残った部分を紹介したいと思います。

 

まず、この本は月刊紙「数理科学」の連載『数学の道しるべ』(2008年〜2010年)に掲載された記事をまとめたものです。日本を代表する研究者(というよりは数学者)より、自身の経験や体験を通したメッセージを受け取れる大変ありがたい本になっています。いろいろ読んでみると、編集部が先生方に与えた題目は「私は如何にして数学者になったか」のようです。第一線で活躍、つまり多くの業績を残してきている数学者が、その道を志すまで、また志してからの人との出会い、海外渡航、研究環境、社会情勢など、さまざまな経験を経て現在に至っているんだなと知ることのできる本に仕上がっています。

 

この本では、19人の数学者が登場しますが、彼/彼女らのエッセイで、個人的に印象に残ったのは

・森田康夫先生

・黒川重信先生

・儀我美一先生

・河東泰之先生

でした(もちろんほかの先生方のお話も印象的でしたがここでは割愛させていただきます)。以下、何が印象的だったか述べます。

 

【森田康夫先生】

森田先生は

1. 教育とは何か?研究とは何か?

2. 研究者の適性とは

3. 数学者になるために準備すべきことは何か

について、ご自身の体験も交えつつ丁寧に書かれていました。

 

ほかの先生によるエッセイと比較すると、森田先生は教育の重要性を説いているのが印象的でした。特に、研究者の適性の説明において

多くの数学の研究所がある欧米とは異なり、日本では数学の本格的な研究所は数理解析研究所統計数理研究所しかない。このため、ほとんどの日本の数学者は大学に所属し、研究の他に教育にも携わっている。したがって、日本で数学の研究者となるには、教育に対してもある程度の興味と適性を持つことが必要となる。

と書いてあったのが印象的でした。実際に、私もこれと似たようなことをK先生に言われたことがあります。記憶が正しければ、彼は「研究だけしたければ海外の◯◯研究所みたいなところに行けばいい。しかし日本で数学者になるならば教育もしなければいけない。なぜなら教育に対する労働対価として給料をもらうからだ」と言ってました。

 

また、森田先生は(いわゆる)応用数学の重要性を力説してました。この部分は、海外などに比べると日本はまだ弱いな(活発じゃないな)と自分でも思うので、将来的にさまざまな分野の人と協力して新しい発見ができたらいいなと思いました。当然ながら、そのためにはもっと勉強しなければいけないので、それが個人的な課題になります。

 

【黒川重信先生】

黒川先生は紙面の半分以上を(多重)三角関数の説明に費やしていました。ただ、もちろんほかのことにも言及されていて、個人的には「数学研究の三段階」についての説明が役に立ちました。黒川先生によると数学研究は

1. 問題設定

2. 問題解決

3. 論文発表

の三段階からなっているようです。これは、後に紹介する儀我先生も似たようなことを述べています。儀我先生と比べると、黒川先生は 1. 問題設定と3. 論文発表の重要性をかなり強調されていたのが印象に残りました。

 

問題設定(面白い結果が出すには何を解決したらいいのかを明らかにすること)が上手くいくと数学研究が明るくなるそうですが、黒川先生によると「若いうちからどんどん問題を作ることをやってほしい」とのことです。私は今まで深く考えたことがなかったのですが、黒川先生いわく

20世紀の数学の弊害は「問題解き」に特化していたことである。19世紀までは問題作成に豊富な時間を振り向けていた。20世紀「問題解決主義」が数学を席巻し、「問題解き屋」が「問題作成家」を上回り、種々の「予想」が解かれたものの、面白い豊富な問題が次第に枯渇状態になってきてしまった。例えば、フィールズ賞も基本的には「問題解き屋」向けの賞であって、「問題作成家」用ではない。もしかすると、「スキーム論」という膨大な「問題」を提示したフィールズ賞受賞者グロタンディークは唯一の例外かもしれない。問題作成家を励まし育成しなければならない時期に、21世紀の現在は、来ているのである。

とのことです。たしかに、私の分野の場合、数十年前の研究と比較すると、研究のテーマがかなり複雑になりつつあるような気がします。最近だと、放物型偏微分方程式論のプロの先生が確率偏微分方程式に関する研究を始めたり、実解析学の理論を偏微分方程式に応用したり……している気がします。たしかに黒川先生の言う通り、1. 問題設定ができる数学者を育成すべき、というよりはそれができる数学者が生き残っていくのかなって気がします。

 

【儀我美一先生】

儀我先生は、自分が専門とする研究分野に携わる人ならば、知らない人がいないくらいすごい先生です。海外滞在やそこでの共同研究など、興味深いことがたくさん書かれていましたが、私は「数学研究で重要なこと」にとても納得してしまいました。それらを紹介する前に、儀我先生は「数学研究で重要なこと」に対して次のような(世間一般的な)イメージが強いことを述べています。

数学を研究していく上で何が重要でしょうか。世間に注目されやすいこととしては、いわゆる難問の解決でしょう。数学研究とは一部の天才だけが難問を解いていくものではないか、というイメージが一般的には強く、また興味本位でそれが煽られている場面に遭遇することもあります。

まあたしかにその通りだなと思いましたし、記憶が正しければテレンス・タオ先生も似たようなことを言ってたと思います。

 

儀我先生の又聞きによると、ある高名な数学者に「数学研究で重要なことは何か」聞いたところ、第一に Definition、第二に Conjecture、第三に Proof というのが返答だったそうです。もしかしたら、最近結果が発表された学振DCではこの3つがしっかり書けているのかどうかをチェックされているのかもしれないなと思いました。まずは定義(Definition)、つまり問題の定式化、何が問題かを明確にし、どのような枠組みで取り組むのかをはっきりさせ、その上で何が言えるのかを予想し(Conjecture)、その後証明(Proof)を行うという流れのようです。儀我先生は Conjecture の重要性について、Aviles-Giga予想を引き合いに説明されてました。

 

私の場合はまだまだ証明の力は弱いし、予想の質もまだまだなので、どんどん研究していくには、好き嫌いせずにさまざまな分野のことに興味を持って、いろんな引き出しを用意すべきなのかなと思いました。もちろん一つのことを深く考えることは重要だと思いますが、先程の黒川先生のお話であったような「問題設定」を上手くいくようになるには、他分野の知識が必要になるのかなと思いました。

 

【河東泰之先生】

この本で河東先生の名前を目にしたとき「何かすごいエピソードでも書いてあるんだろうな」と思いましたが、その通りでした。ただ、意外だなと思ったのは、親戚に数学の得意な人がいらっしゃらなかったことです(もしかしたら我々からすると「得意」なのかもしれませんが…)。

 

河東先生によると、小6の段階で二次方程式が解けるようになっていたので、中学受験の際、一切算数の勉強はしないで済んで便利だった、とのことです。すごすぎる。その後、名門中学に入学後も数学の勉強を続けて、大学に入学するまでには、学部生が習うようなこと(関数解析ルベーグ積分数学基礎論など)を独学(+ゼミ)で学んでしまったようです。すごすぎる。河東先生はパソコン関係の仕事を少しやっていたことは有名ですが、それを始めたきっかけは「数学は一人で勉強するにもだんだん限度が出てきたし、試験は得意だったので他に勉強することも何もなく、毎日とても暇だった」からだそうです。すごすぎる。

 

まあ、このようにすごいエピソードを並べつつも、河東先生のアメリカ滞在での経験から、大学院生のTAの重要性を説明しているのが印象に残りました。

 

アメリカの大学院では、学費がかからず、給料がもらえる、とよく日本の大学院をダメ出しする際によくネタに使われますが、個人的には教育の duty が多すぎると思うんですよね。河東先生によると、アメリカの大学院生の場合、大学院生のTAでも、週2くらいのペースで黒板の前で問題演習を解説(つまり授業)したりするらしいので。でも、大学院生がそれだけ教えるということは、教え方の指導というか訓練が必要になるということなので、それは、大学院生がたとえ将来アカデミックな世界に進まなかったとしても、将来的に役立つスキル(チョークやマイクの使い方、時間の使い方など)を身につけられるという点で、いいことなのかなと思いました。たしかに、河東先生の言う通り、大学で教えるのに教員免許は必要ないし、教え方の訓練を全くないままに大学の先生になってしまうのが今でも普通、なのは少しまずいのかなと思いました。今後少子化学力低下などのことを考えると教える技術の重要性は言うまでもありません。私は今までに「教える技術」を教わったことはありませんが、現在中高の教員をやっている知り合いや、大学教員をしている先輩方から少しずつ学んでいきたいと思いました。

 

 

少し長くなってしまいましたが、以上が「数学の道しるべ 研究者の道とは何か」の簡単なレビューになります。この本に書いてあることを胸に刻みつつ、自分なりに昇華させて、一人前の研究者として歩んでいけるよう頑張っていきたいと思います。と、気付いたら日を跨いでしまいました。そろそろ寝ようと思います。では。