べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

数学の学び方。

私のブログの記事に期待を寄せている人が少なからず存在することが最近判明したので,今日はまじめに書くことにする.今日のテーマは題名どおり「数学の学び方」である.

 

大学に入学するまでは自己流で数学を学んできた私だが,大学受験での得意科目が数学ではなく化学であったように,数学がそれほど得意ではなかった.ただ,化学の実験は嫌いで,数学は「好き」ではあったので,数学科に進学しようとは思っていた.

 

数学科に進学した私は高校までの反省から,まずは数学の学び方からしっかり学ぼうと考えた.数学の学び方の参考になった本が「数学の学び方(岩波書店)」である.すでに絶版だが,大学の図書館であれば借りることが可能だと思う.

 

この本では超一流の数学者たちが数学の学び方について述べているが,特に小平邦彦先生による数学の学び方が大変参考になった.ググればすぐわかるように,小平邦彦先生は日本人初のフィールズ賞受賞者である(注;フィールズ賞とは数学界のノーベル賞といわれるものである).

 

今日は小平邦彦先生による数学の学び方を紹介することにする.以下,

1.数学は暗記ではなく理解なのか

2.数学がわかるようになるには

の順に説明していこうと思う.

 

《1.数学は暗記ではなく理解なのか》

数学は暗記すべきなのか,それとも理解すべきなのか,これはよくある問いである.一般に数学はただ暗記するだけではだめで,そのわけを理解しなければならないとされ,「理解」が「暗記」の対極であるかのように考えられているが,数学はそんなに単純ではない.

 

円周率π(パイ)は無理数であるというのはよく知られた事実だが,その証明を知っている人は少ない.π(パイ)は無理数であることの初等的な証明はI.Nivenによるものが有名であり,以下のサイトにその証明がある.

http://mathematics-pdf.com/pdf/pi_irrational.pdf

 

私も中学生のときからπは無理数であることはよく「理解」していたが,大学に入学するまでその証明は知らなかった.証明を知らなかったのだから「理解」していたのではなく「暗記」していたに過ぎないと言われるかも知れない.しかし不思議なことに,I.Nivenによる証明を初めて読んだときに,それによってπが無理数であるという事実が深まった,とは感じなかった.それよりはむしろπは無理数である,という明白な事実を確認したに過ぎない,と感じた.

 

I.Nivenによる証明は確かに「理解」はすぐにできた.しかし,だからといって「わかった」ような気がしなかった.なぜなら証明をはじめて読んだときに,巧妙な手品を見たような感じがしたからである.では,証明を暗記すれば「わかった」ような気がするかといえばそうでもない.

 

では数学が「わかる」ようになるにはどうすればよいのか.

 

《2.数学がわかるようになるには》

数学の本を開いて見てみると,いくつかの定義と公理があって,定理とその証明が書いてある.定理を理解するにはまず証明を読んでその論証を辿って見る.ここで,定理の証明の論証を辿ってくのは定理の証明が正しいことを確かめるというよりは,むしろ定理が述べる数学的現象のメカニズムを見るためである.

 

これで証明がわかればよいが,わからないときは繰り返しノートに書き写してみるとたいていの場合わかるようになる.例えば,微積分の授業で登場するε-δ論法は毎年多くの大学生を苦しめているが,これも繰り返しノートに書き写してみるとだんだんとわかるようになる.それでもわからない,という人は書き写す回数が足りていない.どんなに難しい証明も,何百回もノートに書き写せば必ずわかるようになる.

 

このようにして一旦わかった定理の理解を深めるためには別証を考えてみるのが有効である.なぜなら別証は定理が述べる数学的現象のメカニズムの別の見方を示すからである.

 

さらに,定理の理解を深めるには,定理をいろいろな問題に応用して見ることが有効である.定理を自由自在に応用できるようになればその定理は完全に「わかった」訳で,確かにいろいろ定理を応用しているうちに証明を忘れてしまうことはあるが,証明を忘れても定理がわかっていることには変わらない.証明を忘れたために定理がわからなくなるということはなく,むしろ繰り返し応用していくうちに定理そのものはますますよくわかってくる.

 

定理の証明を知っていたけれども忘れてしまったということと,証明は全く知らないということは非常に違うように思える.しかし,自分が証明の論証を辿ったことを知っているということと,誰かが証明の論証を辿ったことを知っているということは大差ないとも考えられる.このように考えれば,証明は知らないがよく「わかっている」定理は,証明は忘れたけれどもよくわかっている定理と大差ないことになる.ゆえに確信を持って定理を応用することができる.

 

最後にまとめておくと,わからない証明は繰り返しノートに写してみる,別証を考えてみる,定理をいろいろな問題に応用してみる,たったこれだけで数学はわかるようになるのである.