べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

よくわかる集合と位相。

早いもので,「よくわかる測度論とルベーグ積分」という記事を書いてから2年が経ちました.

watanabeckeiich.hatenablog.com


当時は,サークルの後輩がやたらと Line で私に数学の質問をしてきていて,毎回説明するのもめんどくさいなあって思っていたので「あとはブログ読んでね!」っていうつもりで記事を書いたんですが,思ったよりも反響が大きかったようです.まあ,その後輩はブログ読んでもわからないってことで,結局私がその子の研究室に出向いて簡単にレクチャーしたのですが,たぶんもうすっかり忘れていることでしょう.


さて,そんなことはどうでもよくて,たまには気分転換に数学の解説記事をてきとーに書くのも悪くないかなってふと思って,この記事を書いています.何を書こうかなあって思っていたんですが,躓く人が多い「集合と位相」を書いてみようかなと思いました.いつも通り(?)必要最小限のことしか書かないのであらかじめご了承ください.


こう言ってしまうと怒られそうですが,「最初から」厳密に考えすぎるために,「大学の数学」で躓く人が多い気がします.最初は大雑把に理解して,後からその理解を「訂正」していくというのでいいと思います.実際に,現代数学もそのようにして構築されてきたという歴史がありますし,理解の方法としては極めて自然だと考えます.最初からすべてを厳密に理解できるのは天才だけだと思います.


【目次】

集合と位相とは

集合と位相は簡単にいうと,集合論位相空間論から成り立つ.これらが二つにまとめられることが多いのは,大学のカリキュラムの関係だと思う.集合のイメージは高校数学のままでだいたい問題なく,集合論ではもう少し詳しく,というよりは厳密に考えよう,というのが目的になっている.


一方で,位相空間論は,高校数学までにはなかったような言葉がいろいろ出てくる.多くの人は集合論よりも位相空間論で躓くような気がする(私はそうだった).位相空間について,Wikipediaを参照してみると

数学における位相空間論(いそうくうかんろん、英: general topology; 一般位相幾何学)または点集合トポロジー(てんしゅうごうトポロジー、point-set topology; 点集合論的位相幾何)は、位相空間の性質やその上に定義される構造を研究対象とする位相幾何学の一分野である。位相幾何学のほかの分野が多様体などの特定の構造や具体的な構造を前提とすることと異なり、現れる位相空間としては病的なものも含めた極めて広範かつ一般のものを扱い、その一般論を形成するのが位相空間論の主目的である。


いや,はあああ?????って感じ.Wikipediaの記事を書いている人,だいたい頭がよろしいので,初学者には難しいことが多い気がする.はっきりいって,初学者がWikipediaを参照するのは危険.


WikipediaがだめならWikibooksを参照してみよう.ということで,参照してみると

位相空間とは、集合に対して、「位相」というある種の構造を付加したもののことである。


おお,さっきよりもわかりやすい.個人的には,この表現が一番わかりやすいと思う.ということは,位相空間論を理解する鍵は「位相」とは何か?ということを理解することにある,といっても良さそうだ.

集合論その1:写像

位相空間論を説明する前に,集合論について少しおさらいしよう.まずは写像について.


 E F を二つの集合とし, E の部分集合  D のそれぞれの元  x F の元  Tx一意に対応しているとき,T E から  F への写像といい, D T の定義域, R: = \{Tx \mid x \in D\} T の値域(または像)という.


ちなみに,D は Domain(定義域), R は Range (値域)の頭文字である.英語の頭文字を記号にすることが多いのは,英語の専門書との整合性を保つため(だと思う).また,「 T の」定義域,値域であるということを強調するために,それぞれ  D(T) R(T) と書くことが多い.


さて,写像のイメージを考えてみよう.例えば,100円円玉を自販機に突っ込んだらジュースが出てくるとき,自販機は「写像」になっているわけである.ここで,重要なのは,ジュースは1つしか出てこないということである.


もう一度数式で考えてみよう, A = \{a, b, c ,d\},  B = \{x,y,z,w \} をそれぞれある集合とするとき, T: A \to B写像であるとは, A のある元(ここでは  a, b, c, d のいずれか)が  B の元に飛ばされるという「対応」のことをいう.重要な点は,

1. 必ず  A の元はどれも  B に飛ばされる(すなわち,飛ばされない  A の元はない).

2.  A の元の「飛ばされ先」は,それぞれ必ず1つしかない.

3.  B の元は必ずしも  A の元から「飛んできた」ものとは限らない(すなわち, A の元の「飛ばされ先」になっていない  B の元があるかもしれない).

の3点である.


さらに,「飛ばされ先」や「飛ばされ元」の特徴を決めることができないだろうか,というのが全射単射である.


ちょっと正確に言うならば, R(T) = F のとき  T全射といい,「 x,y \in D(T) Tx = Ty ならば  x=y」であるとき  T単射という.さらに,全射かつ単射である場合, T全単射といい,このとき  T写像  T^{-1} が定義される.


でも,まあ正直なところ,最初に勉強したときに全射単射がよくわからなくても,そのうちわかるようになるので,そんなにシビアになる必要はないと思う.初心者は,そういうものがある,とだけ考えておけば十分だと思う.


集合論その2:濃度

集合論では無限を「数えられる」無限とそうでない無限に分けて考える.この「数えられる」無限を可算無限という.


数えられる無限とは,例えば自然数のことである.自然数とは何だったかというと,

 \mathbb N \ni 1, 2, 3, 4, \dots

というものであった( 0自然数と考える流派もあるみたいだけど,初学者には関係ない).一方で「数えられない」無限は,例えば無理数である.このような「数え方」は濃度によって定式化される.


 E を定義域とする全単射写像  T: E \to F が存在するとき, E F の濃度は等しいという.濃度を表す記号として,なぜか  \alephアレフ)が用いられることが多い.理由は何かあった気がするけど忘れてしまった.


自然数全体  \mathbb{N} = \{1, 2, 3, \dots\} と等しい濃度をもつ集合を可算集合といい, \aleph_0 と書く.要は「数えられる無限である」を可算集合というわけである.信じられないかもしれないが,有理数全体の集合  \mathbb{Q}可算集合である.つまり, \mathbb{N} \to \mathbb{Q}全単射となるような写像を構成できるということである.詳しくは教科書を参照しよう.


集合論その3:選択公理

「どれも空でないような集合を元とする集合(集合の集合)があったとき,それぞれの集合から一つずつ元を選び出して「新しい」集合を作ることができる」


という主張を(ツェルメロの)選択公理という.これは現代数学において非常にシビアである.これが「正しい」と認める派閥と,認めない派閥が数学界にあるとされる.認める派閥が99.99%くらいだと思う.


実際に選択公理を認めないと,「重要な」定理が証明できなかったりする.一方で認めると「変なこと」が起きたりもしうる,となんとも不思議な「やつ」である.まあ,選択公理はシビアなものなので,「選択公理って正しいと思う?」と友人に聞かれたら「難しくて私にはわからないよ」と答えるのが最適解だと思う.


選択公理について非常に詳しい方が運営している 選択公理 | 壱大整域 には,選択公理についてよくまとめられている.興味がある人は覗いてみるといいかもしれない.


位相空間論その1:位相空間

さて,位相空間について説明しよう.最初のほうにも書いたように「位相」とは何か?ということから考えよう.


位相とは集合の中における「構造・判断」である.わかりやすい構造として,例えば距離がある.そして,集合  E の二つの元  x,y の関係が「近いのか遠いのか」という「判断」を与えるのが位相である.


とはいえ,距離が測れない場合があるかもしれないので,位相の定め方はなるべく抽象的である方が何かと好都合である.そこで,位相空間は開集合を使って特徴づけられることが多い.


 X を集合とし, \mathcal{O} Xべき集合とする.三つの主張:

1.  \emptyset, X \in \mathcal{O}

2.  O_1, O_2 \in \mathcal{O} ならば  O_1 \cap O_2 \in \mathcal{O}

3.  O_\lambda\, (\lambda\in \Lambda) ならば  \bigcup_{\lambda \in \Lambda} O_\lambda \in \mathcal{O}

が成り立つとき, (X, \mathcal{O})位相空間という.特に, \mathcal{O}開集合系 \mathcal{O} に属する集合を開集合という.


と書いてみたのはいいものの,よくわからない!というのが率直な感想だと思う.感覚としては,「ある集合の元に対して,距離(みたいなもの)を考えると集合が位相空間に変わる」という感じでいいと思う.


中学校の教室で例えるならば,生徒が集合で,そこに「成績」といった「ものさし」を入れたものが位相空間である.このような「位相空間」を考えることによって,A君とB君の成績が近いとか,CさんはDさんよりも成績がいいといった,生徒同士の「比較」が可能になる.このような「ものさし」としては,距離を用いる場合が多い.


ところで,位相空間  (X, \mathcal{O}) の定義は次と同値である: X のそれぞれの元 x X の部分集合の族(集合の集合) \mathcal{U}(x) が対応して

I.  U \in \mathcal{U} (x) ならば  x \in U

II.  U, V \in \mathcal{U}(x) ならば  U \cap V \in \mathcal{U}(x)

III.  U \in \mathcal{U}(x) U \subset V ならば  V \in \mathcal{U}(x)

IV.  U \in \mathcal{U}(x) ならば  W \in \mathcal{U}(x) が存在して,すべての  y \in W に対して  U \in \mathcal{U}(x) である

の4つが成り立つ.ここで, U \in \mathcal{U}(x) であることと, x \in O \subset U を満たす  O \in \mathcal{O} が存在することは同値である.


このとき, \mathcal{U}(x) x近傍系 \mathcal{U}(x) に属する集合を  x近傍という.個人的には,こっちの定義の方がフィーリングにマッチしてわかりやすいかと思う.


大雑把に言ってしまえば,位相は「近傍の定め方」ということである.


位相空間論その2:距離空間

集合  E任意の二つの元  x,y実数  d(x,y) が定義されて,

1.  d(x,y) \geq 0 かつ「 d(x,y) = 0 x=y は同値」,

2.  d(x,y) = d(y,x)

3.  d(x,z) \leq d(x,y) + d(y,z)


が成り立つとき, E距離空間 d(x,y) を2点  x y の間の距離という.


先ほど定義した「近傍」を考える際,距離を用いて考えることが多く,

 B(x, \varepsilon) = \{y \in E \mid d(x,y) < \varepsilon \}

 x \varepsilon-近傍ということがある.


距離を導入する重要な動機の一つとしてコーシー列の定義が挙げられる.距離空間  E の元の列  \{x_n\} (すなわち  x_n \in E からなる列)が  \lim_{n,m \to \infty} d(x_n, x_m) = 0 を満たすとき,  \{x_n\} をコーシー列という.さらに, E の元のすべてのコーシー列が  E のある元  x に収束するとき,つまり, x \in E に対して  \lim_{n \to \infty} d(x_n, x) = 0 となるとき, E完備であるという.この完備性は非線型偏微分方程式の解の一意性を保証する点などから重要であるとされる.


位相空間論その3:連続

「連続」は次のようにして定義される: E, F位相空間 f : E \to F写像とする. f の定義域を  D(f) とし, x \in D(f) とする. f(x)任意の近傍  V に対して, x の近傍  U が存在して, f による  D(f) \cap U の像が  V に含まれるとき, f x連続という.さらに, f D(f) の各点で連続のとき, f は連続であるという.


次に,連続性に関連して重要な話題をまとめておこう.ただ,それらを説明する前に,相対位相を定義しておく.


 (X, \mathcal{O})位相空間とし, M を集合  X の部分集合とする.このとき,

 \mathbf{O}_M = \{O \cap M \mid O \in \mathcal{O} \}

と定義すると, \mathbf{O}_M M の開集合系である.このとき, \mathbf{O}_M M相対位相という.


さて,重要な話題について箇条書きしよう.

f が連続であるための必要十分条件 F の任意の開集合の f による逆像が E に関する  D(f) の相対位相で開集合であることである.

 E の任意の開集合  O に対して, O \cap D(f) f による像が  F の開集合であるとき, f写像という.

 f が開写像であるための必要十分条件D(f) の各点 [x] の任意の近傍  U に対して  U \cap D(f) f による像に含まれる  f(x) の近傍が存在することである.

・開写像  f の逆が存在すれば  f^{-1} は連続である.

 f D(f) = E から  F全単射で, f, f^{-1} がともに連続であるとき, f E から  F への同相写像という.

参考文献

いきなり「集合と位相」を勉強するのではなく,まずは解析の初歩として挙げられるイプシロン・デルタ論法に慣れておいたほうがいい.イプシロン・デルタ論法になれるためにはたくさん「デルタ」を取るしかない.私は学部2~3年のときに

イプシロン・デルタ論法 完全攻略

イプシロン・デルタ論法 完全攻略

で勉強して初めて理解できた.


大学の講義において,「集合と位相」の教科書として松坂先生や内田先生の本が上げられることが多いけど,数学の本に慣れている人でないと読みにくい.


私は彼らの教科書では集合と位相の教科書を当時(学部2~3年)理解できなかったので,大田先生の本で勉強した.

はじめよう位相空間

はじめよう位相空間

これに対応する演習本もあるけど,私はめんどくさくてやらなかった.まじめな人はちゃんと解いたほうがいいと思う.なお,この本のサポートページがある,ということを後日知った.当時いろいろもがいていた私に教えてあげたい.

リンク:
はじめよう位相空間のページ



ところで,この記事を書いていたら夜中の01:30を過ぎてしまいました.朝10時から講義があるのでさすがに寝ようと思います.おやすみなさい.