べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

よくわかる関数解析。

関数解析はよく「無限次元の線型代数」と呼ばれる.結論から言ってしまえばそうかもしれないけど,初学者にとっては意味不明な表現だと思う.

 

ここでは,関数解析とは何かということを大雑把に説明する.証明はめんどくさいのでしないし,定義もきちんと書くのはめんどくさいので書かない.関数解析のイントロと思ってください.

 

関数解析というのは勉強しなければならないことがたくさんあるために,葉ばかりを詳しく見て,森を見ないという状況に陥りがちだ.そして,その結果「迷子」になり,嫌になって勉強をやめてしまうという人は多いかと思う.この記事が,各々の今後の勉強の手助けとなれば幸いです.

 

 

◎ 関数解析の心
数学というのは「心」が大切だ.まずは関数解析の「心」をつかもう.関数解析というのは,線型代数をより一般にした内容を含んでいる.そこで,まず線型代数とはなんだったかを思い出そう.

 

線型代数の良さというのは,連立方程式を行列を用いることで,「見た目」は一次方程式になるということであった.もし,逆行列が存在するならば,両辺に逆行列をかければ連立方程式の解を一発で求められる.これは高校までの数学には(あまり)なかった斬新なアイディアだ.

 

一方,逆行列が存在しない場合は別の考察が必要だ.そこで線型代数では,固有値とか,行列の対角化とか,いろいろなテクニックを学ぶ.まあ結局のところ,これらは本質的には「行列」の性質を理解しようとしているといってもいい.さて,線型代数では行列の成分が定数だったが,成分が微分とかになった場合でも,線型代数と同様の理論が成り立つのか?というのが関数解析のモチベーションである.

 

具体的には,微分方程式 -\Delta u=f において  A=-\Delta とおいて, u=A^{-1}f と解けるのか?すなわち, u=(-\Delta)^{-1}f と書けるのか?という問いの答えを与えるのが関数解析である.まあ要は,「フィーリング」に沿った計算をいろいろやりたい,ということなのである.

 

 

◎ 線型代数関数解析の違い


線型代数は有限次元のベクトル空間を,関数解析では無限次元のベクトル空間を扱う.そもそも「次元」とはなんだったか.これは,基底(空間の「軸」)の数と思えばいい.次元が無限だと,そんな空間存在するのかよ,高校生は思ってしまうが,そもそも「空間」とはなんだったかを思い出してみよう.

 

そもそも空間とは「集合」であった.まあ,まずは簡単な具体例から始めよう.中学とかの美術でも習ったように,色は3原色(赤,緑,青)からなるとされる(少し正確ではないけど,そうだとしよう).これは何を意味してたかというと,色は,赤・緑・青の「混ぜ合わせ」で表現されるということであった.まあ配合によっていろんな色ができるわけだけれども,ここで大事なのは,必ず赤・緑・青の「混ぜ合わせ」で表現されるということと,一つの色が他の色の混ぜ合わせでは表現できないということである.これを式で表してみると,

色=(赤×□)+(緑×△)+(青×◇)

となる.ここで,□,△,◇ は配合した量を表す.このとき色は空間の元で,赤・緑・青はそれぞれ基底と見做せる.ところで,この色のとり方,すなわち基底の取り方は代えていいのか,という疑問が湧くかもしれない.それは線型代数の教科書をチェックしよう.

 

さて,「次元」のイメージはなんとなくわかったところで,「無限次元」を考えよう.無限次元のベクトル空間の簡単な例として,連続関数全体の集合を考えよう.閉区間 [ 0,1 ] 上の連続関数全体の集合を  C(I) とおく.このとき, C(I) は無限次元のベクトル空間である.これは実際, \alpha_0+\alpha_1 t+\cdots+\alpha_Nt^N+\cdots などを考えればすぐわかる.

 

大雑把に言ってしまえば,関数解析には線型代数にはなかった操作,例えば微分とかがあるために,線型代数では成り立っていたことが成り立たないという問題が起きてしまう.それを解決するのがコンパクトという概念である.微積分の授業や解析学の授業などで訳のわからなかった,アレが大活躍するのだ.

 

コンパクトというのはある意味「都合のいい性質」といえる.ただ,今まで何気なく使っていた「位相」が強すぎることがある.位相というのは,異なる2点がどのくらい近いのか遠いのかという「判断」を与えるものであった.今まで使っていた位相だとその「判断」が強すぎることがある.そこで登場するのが,「弱位相」である.弱位相はその名の通り,判断を「弱くする」のである.特に弱位相では弱収束などを学ぶ.

 

 

◎ Banach空間とは
関数解析を勉強していると,空間がBanach空間であるということを頻繁に仮定する.Banach空間とは,完備なノルム空間のことだが,なぜ「完備性」を仮定するのか.これは,完備性は非線形偏微分方程式の解の存在を保証するからである.もちろん,Banach空間ではない空間について学ぶことは大事だけれども,まあまずはBanach空間についての理論を理解しようということである.

 

 

◎ どの順で勉強するのか

以下,いま振り返ればこう勉強すれば良かったかな,ということを昔の自分宛に書く.あくまでも参考程度に考えてください.

 

1.Banach空間

「集合と位相」の授業でも扱ったが,Banach空間の具体例にたくさん触れたい.まずは数列空間( l^p 空間)についての理解と,そこで出てくる不等式の評価のテクニックを勉強したい.また,Minkowski(ミンコフスキー)の不等式や,Jensen(エンセン)の不等式をはじめとする「有名な不等式」は覚えておきたい.

 

2.ルベーグ空間

関数解析の教科書では,割と最初のほうにヒルベルト空間が出てくるが,それよりもまずはより一般的なルベーグ空間( L^p 空間)を勉強したい.ここでは測度論,というよりはルベーグ積分の知識が必要となる.これについては

watanabeckeiich.hatenablog.com

の記事を参照してほしい.このルベーグ空間はよく使われるが,その割には覚えることは少ない.ルベーグ空間の結果と数列空間の結果を比較する癖をつけておくと,より理解が深まる.

 

3.ヒルベルト空間

ヒルベルト空間はスペシャルな空間である.これは数列空間やルベーグ空間で p=2 とした場合に相当する.ヒルベルト空間の最大の特徴は内積を考えられるということである.内積が定義されるということは自然と直交も定義できる.この直交性がどのような「いい結果」をもたらすのか,ということに注目して勉強するとわかりやすいと思う.途中でフーリエ解析の知識を要求されるかもしれないが,そういうのはフーリエ解析を勉強してから勉強していいと思う.ヒルベルト空間は自己共役作用素などと関連があるけれども,まずはSchwartz(シュワルツ)の不等式の証明ができることをゴールに勉強を切り上げて,次のことを勉強するのがいいと思う.

 

4.線形作用素

ここではアルファベットがたくさん出てくる.かなり抽象的な話が先行することが多い.特に,作用素のノルムについて,有界性についてたくさん学ぶ.ここでのゴールはBarie(ベール)のカテゴリー定理と閉作用素を理解することである.抽象的でわかりにくいが,後でかなり役に立つ.具体例が考えられるようになれば,ぐっと理解が深まる.定理の証明を理解するよりも,まずは具体例を理解しよう.私のホームページにPDFファイルがあるので,そちらも参照してください.

リンク: Memo - Keiichi WATANABE

 

5.線形汎関数

汎関数は最初は理解できないが,具体例に触れていくうちになんとなくわかるようになる.わからないものはわからないと割り切って,くじけずに頑張って勉強しよう.ここで学ぶ重要なことはHahn-Banach(ハーン・バナッハの定理)と共役作用素である.これらは分野によってはあまり使わないかもしれない.勉強しててあんまり面白くなかったらあとで勉強しよう.

 

6.レゾルベントとスペクトル

ラムダがたくさん出てくる.何をやっているのか,何をやりたいのかわからないかもしれないが,レゾルベントとスペクトルの違いはわかるようになろう.ここでは,これまであまり出てこなかった「方程式」を解くためのテクニックの習得と思うといいかも知れない.スペクトルのイメージは固有値と思えばいい.この場合の具体例はかなりわかりやすいので,具体例にたくさん触れよう.微積分の計算が多々要求されるから計算はちょっと大変だけど頑張ろう.

 

7.フーリエ解析

フーリエ級数よりも,フーリエ変換について勉強しよう.特に,代表的な計算例を覚えよう.もし,留数定理を忘れていれば復習しておこう.微分多項式に変わるフィーリングをつかもう.ラプラス変換も関連して理解したい.数学の場合はラプラス変換の計算は必ずしも覚える必要はない.レゾルベントとラプラス変換の関連が見出せたらすばらしい.

 

8.コンパクト作用素

コンパクトががっつり出てくる.コンパクトの定義,Ascoli-Arzela(アスコリ・アルツェラ)の定理を忘れていたら復習しておこう.コンパクト作用素を導入したいモチベーションとしては Fractional integral を導入したいということが挙げられる.また,それと関連してSobolev(ソボレフ空間),特にSobolevの埋蔵定理を理解したい.証明は大変だから,結果をしっかり使えるようになろう.また,コンパクト性という非常に強い性質を考えているので,線型代数と似たような結果が出てくる.Riez-Schauder(リース・シャウダー)の定理まで頑張って理解しよう.

【追記(2017年9月19日)】

ホームページにコンパクト作用素についてのPDFを公開しました(ただしリース・シャウダーの理論は書いてません).

リンク: Memo - Keiichi WATANABE

【追記ここまで】

 

8.半群

必ずしも研究で使うわけではないが,熱半群ぐらいはマスターしたい.これまでに勉強したことがたくさん出てくる.もし忘れていたりしたらその都度しっかり復習しよう.ヒレ・吉田の定理と,解析半群は何かということスラスラ他人に説明できるようになろう.ここでも具体例をたくさん学んでおこう.半群についての和書の参考書は少ないけど,

*藤田・伊藤・黒田「関数解析」(岩波),

*田辺「発展方程式」(岩波),

*田辺「関数解析上」(実教),

*吉田・河田・岩村「位相解析の基礎」(岩波),

あたりをお薦めしたい.

【追記(2017年9月19日)】

溝畑先生の「偏微分方程式論」(岩波)も詳しく書いてありました.

【追記ここまで】

 

◎ 参考書

関数解析の参考書については

watanabeckeiich.hatenablog.com

などを参考にしてください.

 

オンラインで勉強したいという人は

watanabeckeiich.hatenablog.com

テレンス・タオ先生が無料でテキストを公開しているのでそれで勉強してください.ただし,英語です.

 

◎ 問題集

演習をたくさんつむには

Problems in Real and Functional Analysis (Graduate Studies in Mathematics)

Problems in Real and Functional Analysis (Graduate Studies in Mathematics)

 

がいいと思います.すべてにきちんとした(省略のない)解答がついてます.量が多いので,全部やらずにちょこちょこっとピックアップしてやるのがいいと思います.