べっく日記

偏微分方程式を研究してるセミプロ研究者の日常

続・学振の書類の書き方。

みなさんこんにちは.べっくです.以前気まぐれで学振(より正確には特別研究員)の書類の書き方を記事にまとめたのですが,思ったよりも好評でした.

前回の記事:
watanabeckeiich.hatenablog.com

前回の記事にて

また,これまでに添削した学振DC, PD の中で採択された数は7〜8くらいだと思います。

と書きましたが,きちんと数えてみたところ次の通りでした.

【2020年】学振DC2:1名
【2021年】(添削なし)
【2022年】学振DC1:1名,学振DC2:1名
【2023年】学振PD:1名
【2024年】学振DC2:2名,学振PD:3名

実際にはもう少し多かったですね(内定者数のみなので,実際に添削した数はこれよりも多いです).科研費の添削も経験があり,これまでに研究活動スタート支援(3名),若手研究(4名)の採用者がいますので,自分で言うのもなんですが,この手の申請書作成や添削にはある程度慣れています.


今回の記事ではもう少し具体的な内容などに踏み込んで説明したいと思います.また,学振の書類の書き方を何も知らないという方はまずは大上先生の資料を読んでおいてください(以降,この資料を理解しているという前提で話を進めます).

www.docswell.com


学振の書類の書式は2022年採用分以降,大幅に変更されましたが,そのせいか,以下に挙げる書き方(特に研究業績の説明の部分)は人によって様々ですので,あくまでも参考程度にお考えいただければと思います.この記事では,本や記事などはあまり見かけないものの,個人的に気をつけている点について説明したいと思います.これまでにある程度の人数が採用されているので,それなりに再現性はあると思います.今回は記事が長くなりそうなので目次を用意しておきます.

1. 白黒印刷でも読める申請書にする;とにかく物理的に読みやすく

学振の募集要項(https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_sin.html#u20230706120538)の 3 ページを見てみると

審査委員は、紙媒体の申請書又は電子媒体の申請書のいずれか(又は両方)を用いて審査します。 紙媒体で審査される場合はモノクロ印刷のため、印刷した際、内容が不鮮明とならないよう留意してください。電子媒体で審査される場合は、「研究者養成事業電子申請システム」にアップロードされたPDF をそのまま用います(カラー表示のPDF データをアップロードした場合は、カラー表示の まま審査されます

とあります.気をつけるべきは申請書が紙媒体で審査される可能性があるという点です.この記事を読んでいる人の中には「今どきわざわざ紙媒体で申請書を読む人なんていないでしょう」と思う方もいるかもしれませんが,紙媒体の方での審査を好む審査委員は結構多いと思います.例えば,紙媒体の方を見ながら PC の方で申請書の評価を書けるので,デュアルモニターやかなり大きなディスプレイでもない限り,電子媒体の申請書を読みながら審査を進めるのは効率が悪いなと個人的には思います.私が審査委員だったら紙媒体の方で審査しますね.申請書で重要そうなところに印をつけたり,仮の点数を書くことなどが容易そうなので.あとは,カラーの申請書を好む学生の中には,審査委員の中には色覚異常(昔の言葉だと色盲)の方がいる可能性があることを忘れてしまっているのではないでしょうか.結局のところ,白黒印刷でも読める申請書にしておくことが無難です.


また,学振の書類を書いている学生は審査委員の多くが初老〜老人であるということを知らない,あるいは忘れていると思います.これはつまりどういうことかというと,老眼のために小さな字が読みにくい審査委員が少なくないということです.そのため,図表も含め,申請書に書かれた小さい字は読まれないと思った方がいいです.もちろん,図表などでどうしても小さな字を書かないといけないということはあり得ますが,小さな字を読ませようとするだけで審査委員に無用なストレスをかけているので,これも極力排除しましょう.審査委員にストレスをかけたからといって評価が下がる可能性はかなり低いとは思いますが,審査委員にストレスをかけて評価が上がることは決してありません


上記に関連することですが,研究計画などを記述する際に,最後にまとめて参考文献の一覧を小さな字でまとめて書いている人が結構多いですが,これもやめましょう.実際に,参考文献を列挙しても審査委員はすべて参照するとは限らないと考えておいた方がいいです(そもそも審査委員が自分の大学で論文を入手できない可能性もあり得ますしね).先行研究について言及する場合は「〜〜の研究は Hoge et al. (Science, 2020) によって行われてきた」というように簡潔に書くだけで十分です.

2. きちんと項目毎に分けて書く

大上先生の資料(https://www.slideshare.net/tonets/gakushin24pdf)にある通り,言われた通りに書くというのは申請書を作成する上での鉄則です.ただ,項目毎にきちんと分けて書けていない学生を結構見かけます.以下,2025年度採用の学振の申請書類を例に「項目毎に書く」ことを説明したいと思います.


申請書の「2. 研究計画(1)研究の位置づけ」の指示の部分を見ると

特別研究員として取り組む研究の位置づけについて、当該分野の状況や課題等の背景、並びに本研究計画の着想に至った経緯も含めて記入してください。

とあります.この場合に,① 当該分野の状況や課題等の背景,② 本研究計画の着想に至った経緯の二点に分けて書く人が多いですが,これではダメです.この場合は,きちんと①当該分野の状況,②当該分野の課題,③ 本研究計画の着想に至った経緯の三点に分けて書くべきです.つまり,書くべき項目が細かく設定される場合は,それぞれに分けて書かないといけないわけです.もし「当該分野の状況」と「当該分野の課題」をまとめて書いてしまうと,審査委員の中には「この研究の状況はわかったけど何が課題なんだろう」と思う人がいるかもしれません.その結果,「研究で何をしようとしているかはわかるけど,それは解決すべき課題なのだろうか.税金を投資して進めるべき研究課題なんだろうか」という印象を持たれてしまうかもしれません.このような不利益を避けるためにも,きちんと項目毎に分けて書く必要があります.


項目毎に分けてかけていたとしても,文量のバランスが悪いと申請書としては評価されにくくなりますので注意が必要です.申請書の「2. 研究計画(1)研究の位置づけ」のページで言えば,①当該分野の状況(30%)②当該分野の課題(30%)③ 本研究計画の着想に至った経緯(40%)くらいの割合で書くべきです.申請書の作成に慣れていないとどうしても①当該分野の状況や②当該分野の課題といった客観的な事実(つまり誰でも書けること)に対する文量が多くなりがちですが,申請書ではあくまでも研究の独自性や革新性が評価されるので,誰でも書けることをダラダラと書いていても意味がありません.よって,「2. 研究計画(1)研究の位置づけ」のページで言えば「③ 本研究計画の着想に至った経緯」の文量が一番多くないとダメなわけです.もし私が2025年度採用の申請書を書くとするならば,次のように分けて書きます.

【2. 研究計画(1)研究の位置づけ】
①当該分野の状況(30%)
②当該分野の課題(30%)
③ 本研究計画の着想に至った経緯(40%)

【2. 研究計画(2) 研究目的・内容等 】
① 研究目的(箇条書きで3〜4項目;DC2ならば2〜3項目)
② 研究方法・内容(「① 研究目的」と合わせて1ページに収まる文量)
③ 研究の特色・独創的な点(1)先行研究等との比較(1ページのうち30%)
④ 研究の特色・独創的な点 (2)本研究の完成時に予想されるインパクト(1ページのうち30%)
⑤ 研究の特色・独創的な点 (3)将来の見通し(1ページのうち30%)
⑥ 海外渡航計画(10%)

[注]言うまでもなく(専門分野が被るとは限らない)審査委員にとっては「研究の特色・独創的な点」の項目が理解しやすい部分であるので,この部分の文量が一番多くなるようにすべきです.採択された申請書の中には「研究方法・内容」をたくさん書いて,「研究の特色・独創的な点」を少しだけ書いているものもありますが,それは審査委員ガチャにたまたま当たったと考えておいた方がいいでしょう.

【2. 研究計画 (3) 受入研究室の選定理由】※ 学振PD の場合

① 受入研究室を知ることとなったきっかけ(25%)
② 当該受入研究室で研究することのメリット(35〜40%)
③ 当該受入研究室で研究することによる新たな発展・展開(35〜40%)

【3. 人権の保護及び法令等の遵守への対応 】
ある意味「お約束」の項目なので,この部分の項目で採択の可否は左右されないと思っても大丈夫です(この項目を設置するのは大人の事情というやつです).よって,該当しない場合は「該当なし」で十分です.生物系などで該当する場合は所定の手続きに従って研究を進める旨を書くだけでいいと思います.

【4. 研究遂行力の自己分析】
① 研究に関する自身の強み(70%;つまり1ページ半くらい)
② 今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素(30%)

【5. 目指す研究者像等】
① 目指す研究者像(5〜6行;どんなに多くなっても7行まで)
② 目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ

[注]この「目指す研究者像等」の項目を「ポエム」とか「自己PR」とか揶揄する声もたまに聞きますが,そんな無駄なことの記述は学振(日本学術振興会)は求めていません.無駄だったらとっくの昔に無くなっています.この項目もきちんと評価対象になっていると心得ましょう.ただし,「② 目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」の方が主に評価されると思っておきましょう.つまりこの項目をかなり多く書く必要があります.それにも関わらず,申請書を書く学生の中には「① 目指す研究者像」を半ページ近く書いている人が少なくありません.この「① 目指す研究者像」はあくまでも評価コメントを作成する際の参考にされると思っておけばいいかなと思います.評価コメントは簡潔に書く必要があるので,「① 目指す研究者像」はかなり簡潔に書いておいた方が審査委員に無用なストレスを与えないで済みます.評価されることをきちんとアピールするというのは社会常識です.仕事と同じですね.


この記事を読んでいる人の中には「項目毎に分けて書けと言われても難しいし,私の分野の場合はちょっと特殊だからちょっと項目をまとめて書いた方が読みやすそうだな」と勝手に判断する人もいるかもしれません(例えば当該分野の状況と課題をまとめて書くなど).それはただの甘えです.採用されたければ妥協せず頑張って項目毎に書きましょう.もしかしたら「そんなこと言われても書くことないしなあ」と思うかもしれませんが,その場合は研究課題の設定が甘いです.この場合は研究課題の設定からきちんと再考した方が良いと思います.

3. 書きにくいことだからこときちんと書く

学振の申請書が毛嫌い(?)されている理由の一つに,書きにくいことを書かないといけないというのが挙げられると思います.例えば2025年度採用の申請書だと

  • 研究の特色・独創的な点
  • 研究遂行力の自己分析
  • 上記の「目指す研究者像」に向けて、特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ

あたりが書きにくいと感じる学生が多いかと思います.これらの項目は書きにくいからこそ差がつきます.文句を言わずにきちんと書くようにしましょう.それぞれの具体的な書き方は後に説明します.

4. 1回読んですぐに理解できるように書く

任期が終わった過去の審査委員の一覧は学振のウェブサイト(https://www.jsps.go.jp/j-pd/iin_syuryo.html)から確認できますが,多くの先生方の肩書きが大学の教授や准教授です.学生はあまりピンとこないかもしれませんが,基本的に大学教員というのは忙しいものです.特に偉くなればなるほど忙しくなります.肩書きが助教や講師とかでそんなに偉くなく,研究はぼちぼちやっていますという感じの教員であっても,学内のお仕事,さらに育児や介護などで忙しいかもしれません.つまり,審査委員は普段からそれなりに忙しいにも関わらず学振の審査も引き受けているわけです(論文等の査読と同じですね).


審査委員が忙しいということは,1回読んだだけではわかりにくい申請書はきちんと評価されない可能性が高いということです.この場合は,例えば,評価コメントで「〜〜については不明瞭である」と書かれて終わりです.もちろん,親切な審査委員であれば申請書に書かれた意図を理解するまで何度も繰り返し読んでもらえるかもしれませんが,これまでの経験上,1回読んだだけではわかりにくい申請書はそもそも申請書としての精度が低い(推敲の回数が少ない)ので,改善の余地があります.これは学術的な正しさの評価を行う論文の査読とは大きく異なる部分です.申請書では正しいことを書いているというのは大前提ですが(もし虚偽のことを書いていたら研究不正に当たります),それ以上に申請書で大切なのは何よりわかりやすいかどうかです.

5. 申請書で問われていることの意図を理解し,論理を組み立てる

説得力のある申請書を書くためには,まず申請書のからくり(申請書で問われていることの意図)を理解する必要があります.一応大上先生の資料(https://www.slideshare.net/tonets/gakushin24pdf)でも説明されていますが,残念ながら強調はされていない印象を受けます.以下に述べる申請書のからくりはどこかに記載されているというわけではありませんが,私なりの見解を述べます.


【2. 研究計画(1)研究の位置づけ】は,既存の研究の限界及びそれを打破するためのアイディアを書くページです.研究内容の詳細はこの次のページに書くわけですが,新しいアイディアを使うとどんなことができそうかということを書く必要があります.つまり研究内容の匂わせなわけです.また,すでにある程度の結果が出ているのであれば,アピールするようにしましょう.例えば,「申請者はこれまでに XXX の手法を用いて YYY の結果を得た(論文 [1]).しかし,最近申請者は ZZZ は WWW であるのではないかということに気づき,VVV は UUU ではないかと予想した.これによって〜〜〜を解明できると考えた」とストーリー展開すると良いでしょう.学振PDの場合は受け入れ教員との関わりをこの部分で匂わせると良いです.


【2. 研究計画(2) 研究目的・内容等 】は前のページで匂わせた研究内容の答え合わせを行うページです.研究目的は「次の研究 (I), (II), および (III) を研究目的として設定する」とまず書いて,その後それぞれの項目を箇条書きで書きます.研究目的をダラダラ書く人が多いですがやめましょう研究内容・方法はそれをきちんと分けられる分野(例えば実地調査を行うとか大型の実験装置を使うとか)でもない限りはまとめて書いても問題ないと思います(ある意味で研究内容と研究方法は同じですので).この項目では研究目的で挙げた項目の詳細を説明します.審査委員の専門分野と合致するとは限らないという点に注意して,専門的になりすぎないように書くようにしましょう.学振の申請書の書き方のコツでよく「高校生にもわかるように書け」とか挙げられますが,きちんと論理的に書いてあれば理解してもらえると思って大丈夫です.実際に,専門分野は違えど,審査委員はプロの研究者ですので,学術的な深い意味はわかっていなくても,とりあえず形式的には理解してくれます.ただし,専門用語が多いと論理にギャップがあるように見えがちなので,専門用語が多くなってしまう場合は説明をより簡潔になるように修正した方が良いでしょう.本研究の特色・独創的な点では,【2. 研究計画(1)研究の位置づけ】で言及した文献(これまでの研究の限界)に触れつつ,研究の新しいアイディアはなんなのかをきちんと客観的かつ具体的に説明する必要があります.この細かい書き方については後程説明します.


【4. 研究遂行力の自己分析】では業績一覧を作成してそれを羅列するだけではダメです.むしろ御法度です.ここではあくまでも「研究に関する自身の強みは何か?」ということを聞かれているわけです.この辺を勘違いして「私の強みは多くの業績です」と主張する人がいますが,業績はあくまでも過去のものであるので,それが多かったから今も強い(?)というのは論理が破綻しています.そうではなく「私には XXX という強みがある.この強みを活かして YYY という研究を行ってきた」というように書くべきです.この辺をよくわかっていない人が結構多いと思います.特に,学振DCの場合はある程度ポテンシャル採用みたいなところがあるので,どのような強みがあるかはきちんと主張するべきです.そして,「今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素」の項目では,【5. 目指す研究者像等】で述べる「目指す研究者」になるためには何が足りないかを書きます.特にこの項目は【5. 目指す研究者像等】で述べる「目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」とリンクさせるようにします.つまり,「目指す研究者になるには AAA が足りない.だから,特別研究員の採用期間中は BBB という活動に取り組むんだ」という論理が隠れているわけです.このことをきちんと申請書に落とし込むことで,より説得力のある申請書が書けます.【4. 研究遂行力の自己分析】及び【5. 目指す研究者像等】の具体的な書き方については後程説明することにしましょう.

6. 海外渡航の可能性がある場合はアピールする

申請書の【2. 研究計画(2)研究目的・内容等」に

研究計画の期間中に受入研究機関と異なる研究機関(外国の研究機関等を含む。)において研究に従事することも計画している場合は、具体的に記入してください

という指示があります.わざわざ外国の研究機関等を含むと書いてあるので,海外渡航の可能性がある場合はきちんとアピールすると良いです.これは1ヶ月程度の短期滞在であっても主張すると良いでしょう.(分野にもよるかもしれませんが)海外渡航するということで評価が下がるということは考えにくいです.


一般論として,将来的にアカデミックポストの獲得を目指したいのであれば,時間に余裕のある学生のうちに海外に行くことは非常に重要です.実際に,教員公募の書類で海外渡航の経験を問われることがありますし,海外の研究者との繋がりの有無が採用の可否につながることも少なくありません.指導教員の紹介を受けてどこかに行くというのが理想ですが,もしそういう繋がりがない場合は,国内で行われる学会や研究会などで指導教員以外の研究者と知り合いになっておき,その紹介でコンタクトを取るというのも一つの手です.一応奥の手としては,直接メールを送って受け入れを打診するというのがあります.この奥の手の場合は,研究業績がほとんどないと相手にしてもらえない可能性があるという点でハードルが高いです.

7. 「研究の特色・独創的な点」の書き方

この項目は多くの学生が書くのに手こずる部分ですが,書き方は至って単純です.申請書には (A) 既存の研究の限界及び (B) やりたい研究を書くわけですが,(A) と (B) の間には当然のことながらギャップがあります.このギャップをどう埋めるか?が研究の特色・独創的な点になります.少し注意すべきは「新しい方法を使って研究します」と書くだけでは主張が弱いという点です.これは「新しい方法を使って研究することで既存の研究の限界を打破できて,将来的にこんな面白い研究ができると考えられる」というように書くといいです.つまり,「新しい方法」そのものに研究の独自性があるのではなく「新しい方法によって研究の困難さを乗り越えられる」という点に研究の独自性があるわけです.


上記のことに注意して「研究の特色・独創的な点」を書いたとしても主張がなんか弱いなと感じる場合は,そもそも研究課題の設定が甘く,(A) 既存の研究の限界及び (B) やりたい研究のギャップが小さいと考えられます.研究の目標は高く持ちましょう.特に学生であればまだまだ人生の先は長いので,研究の夢や野望を抱くことは重要だと思います.


ちなみに,研究の特色・独創的な点をアピールする際に,言葉使いに非常にこだわる人がいます.例えば「本研究では,AAA という手法を使って BBB が解析できるという点が特徴的である」とするか「本研究では,AAA という手法を使って BBB が解析できるという点が革新性的である」とするか,といった具合です.申請書の最終版を推敲している場合はともかく,まだ十分に推敲できていない場合は,このような日本語の微妙なニュアンスの確認は後回しにしましょう.個人的には,言葉使いにオリジナリティを出しても申請書の評価はさほど変わらないと思います.

8. 「研究遂行力の自己分析」の書き方;研究業績は羅列しない

先程も説明したように研究業績は「強み」にはなりません.研究業績はあくまでも業績という客観的なものです.研究に関する自身の強みに関しては3つ項目を挙げるといいでしょう.3つだとバランスがいいので.何が強みになるかは人によって様々ですが,例えば

  • 主体性
  • 勤勉性
  • 積極性
  • 問題提起・解決能力
  • 国際性
  • 発想力
  • コミュニケーション能力
  • 教育力

など,パッと思いつくだけでもこれらが挙げられます.これらについて具体的な活動やエピソードを交えつつどのような強みがあるのかを書きます.そして,これらの強みを活かした結果,研究業績が出た,というストーリー仕立てにするべきです.


これだけではなかなかピンとこないと思いますので,架空の例をもとに説明することにしましょう.ここでは積極性・主体性に強みがあるとしておきます.

設定:A さんは研究 X の内容を修論にまとめた.研究 X の結果は,学会 B で発表予定であり,現在準備中である.

という場合,私なら

「申請者の研究室では定期的に指導教員を交えたミーティングが行われているが,その際に毎回新しい研究進捗を報告することを心がけている.その結果,修士論文では[研究 X の結果]という,研究当初からは予想できない結果を得ることができた.また,申請者は自身が新しく発見したことを広く発信していきたいと考えており,学会 B にて発表予定である.

(学会 B の詳細;タイトルなど)

このことから,申請者は高い主体性と積極性を持って研究に取り組んできていると言える.」

と書きます.繰り返しにはなりますが,研究業績はあくまでも客観的な証拠であり,業績のポイント数だけでは申請書の採択の可否は決まりません.業績のポイント数だけで決まるならそもそも審査委員を複数名も用意しません.もし業績が多く,すべて書くと文章がほとんど書けないという場合は,「国際学術誌:他○報」という感じでまとめてしまっても良いと思います.


分野によってはなかなか研究業績がないということも十分にあり得ます.ただ,このような場合であっても自身の強みを書くことは可能だと思います.もちろん,その「強み」が主観的なものではないということをアピールするためには客観的な証拠が必要です.例えば,語学力があるという場合は TOIEC のスコアを書いたり,学会や研究会で知り合った外国人を駅まで案内したというエピソードなどを書けると思います.さらに,勤勉性に強みがある場合は,学部のときの成績が優秀で卒業式の際に表彰されたとか,仮に業績がなかったとしても色々書けると思います.しかし,大前提として,これらの強みは研究に関連するものに限ります.よくありがちなのは「何日も徹夜できる体力がある」という強みですが,これは評価されないと思った方がいいです.仮に「この申請者は何日も徹夜できる体力があるので,多くの研究結果が望める」なんてことを評価コメントで入力して,過労死してしまったら誰が責任取るのでしょうか?研究費取れなかったらその研究を行なっていなかったわけで.また,「努力を惜しまない」と書く人も多いですが,研究者は努力して当たり前ですので,わざわざ強みに挙げることは恥ずべきことだと思った方がいいです.いろいろ書きましたが,明らかにおかしな記述は添削してもらう際に修正されますので,申請書の初稿が完成していない人はまずはその初稿を完成させましょう.

9. 「目指す研究者像等」の書き方;自己PR文にならないようにする

この「目指す研究者像等」の項目もれっきとした評価対象です.間違っても「ポエム」とか「自己PR」などと考えないようにしましょう.学振DCやPDに申請する多くの人は研究者となることを目標に頑張っているかと思いますが,その気持ちが強すぎて「目指す研究者像」を長く書いてしまいがちです.先程も述べたように,「目指す研究者像」は評価対象になりにくく「目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」は評価対象になりやすいのでこれらに留意して申請書を書くと良いでしょう.


「目指す研究者像に向けて,特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」の例としては

  • 研究留学
  • アウトリーチ活動(例えば母校訪問など)
  • (指導教員の弟子筋ではない)他大学の先生との共同研究
  • 異分野・異業種研究交流会への参加
  • 研究成果発表
  • 勉強会や研究会の開催

などが挙げられます.ただ,正直なところ,この部分で他の人と差がつくとは思いません.なぜなら,前回の記事(https://watanabeckeiich.hatenablog.com/entry/2024/02/19/155952)でも説明したように,採択の可否は ① 提案する研究の内容及び② その研究の実行可能性の二点で決まるためです.


ではなぜ「目指す研究者像等」の執筆が求められるのか.それは申請者のポテンシャル(伸び代)を見極めたいという思惑があるためだと思います.学振の審査において評価書は重要であるというのも同様の理由です.つまり,申請書の後半の部分,【4. 研究遂行力の自己分析】及び【5. 目指す研究者像等】は研究の実行可能性を判断するための資料であると考えて良いでしょう.

10. 数物系であっても Word で書類を作成する

学振の書類は LaTeX でも作成できますが,Word で作成するようにしましょう.学振の書類を LaTeX で書きたがる人の多くは数物系の方々だと思います.その主な理由としては「数式が綺麗に書けるから」が挙げられると思います.ただ,数式がたくさんある申請書は大抵(言葉による)説明が足りないせいでわかりにくいことが多く,何より,数式がたくさん書いてあるような申請書は審査委員ガチャに外れた場合大変なことになります.極端な話,数学系の場合でも数式なんて申請書類に書かなくたって構わないわけです.そうなるともはや LaTeX でわざわざ数式がほとんど書かれてない申請書を作成する利点がありません.具体的なことを多く書けば内容を理解してもらえると思っている学生が非常に多いですが,内容が細かくなればなるほど,申請書の評価が専門分野の近さに依存してしまう傾向が高くなります.あくまでも申請書で大事なのは筋の通ったストーリー展開されているかどうかであって,申請書で書いたことを理解していることを(ある意味で)必死にアピールしても何の得にもなりません.


Word を使うことの利点は ① 意図するところに図を配置できることと ② フォントの変更が簡単であることの二点が挙げられます.冒頭でも説明したように,申請書はとにかく(物理的な)見栄えが大事です.LaTeX の場合は Word と比べて見栄えを整えるのにはあまり適しません.


とはいえ,一言二言数式が必要になるという場合もあります.そのような場合は数式エディタを挿入して書きましょう.その場合,フォントはデフォルトの Cambria Math ではなく LaTeX 風のフリーフォント Latin Modern Math にしておくと良いでしょう.

answers.microsoft.com

もし「数式エディタを挿入しながら Word で書類を書くのが大変だなあ」と思ったら,それは数式を書きすぎているか,Word を使うスキルが足りていないかのどちらかです.大学の事務関係では Word の使用は必須ですので,学生の皆さんは今のうちに慣れておくようにしましょう.

[おまけ1] 書類提出後にできること

学振の書類を提出した後,採択されるのを待つしかないわけですが,ただ祈って待つだけではもったいないです.採択の可能性を挙げる努力を可能な限り行うようにしましょう.もちろん,学振の審査は書類のみで行われるわけですが,ボーダーラインに乗った場合は,審査委員がインターネットで情報を調べることがあります(という話を聞いたことがあります).これは違法でも何でもなくて,例えば,申請書では論文がまだ投稿中とあったら,それがどうなったのかを調べるというのはごく当たり前の作業です.学振の審査は確か例年夏休み中(7月下旬〜9月上旬)くらいに行われていたと思いますので,審査の時期は申請書の提出期限の数ヶ月先であるわけです.もしその間に新しい研究業績があればアピールしたいですよね?そのためには,自身のホームページを作成するというのは非常に有効な手段です.ホームページであれば何でも好きな情報を載せられるので,例えば準備中の論文なども書くことができたり,研究の背景などを動画付きで説明することも可能です.審査委員がそのホームページを見るかどうかはわかりませんが,もし見てもらえた場合はプラスに評価されるかもしれません(もちろん,ホームページに好きなことが書けるからといって,差別的な発言など評価を大きく下げるようなことは書いてはいけません).


また,ホームページを作成することは,教員公募の観点からも重要です.実際に,ホームページを作成して自分自身をいろんな人に知ってもらうというのは研究者として発展してくためには必要不可欠です.したがって,将来アカデミックポストを目指すのであれば,学生のうちからホームページを制作しておくのが良いと思います.ただ,指導教員に黙って勝手に作成するとトラブルのもとになりますので,念のため許可をいただいてから作成するようにしましょう.ホームページを制作するタイミングとしては,早くても研究業績が何か出た時だと思います.もし研究業績がなければ,ホームページ制作よりもまず論文執筆に集中しましょう.

[おまけ2] 学振PDと教員どちらを選ぶべきか

結論からいうと,任期が3年以上ある場合は教員を選ぶべきです.任期なしのテニュアポジションならなおさらです.給与を比較したら学振PDでも悪くないのではないか?と思うかもしれませんが,社会的信用が全然違います.保険や年金なども大きく変わってきますしね.また,学振PDはあくまでもポスドクであって,教員ではありません.そのため,各大学では学振PDの扱いが学生とほぼ同じだと思います.もちろん,教員だと講義などの仕事があって研究との両立が(特に初めは)大変だと思いますが,まあそのうち慣れます,というより慣れるしかありません.


学振PD の場合は研究に専念できるという意味では理想的ですが,教育歴をつけるのが難しいことが多く,何かのコネがないと非常勤講師の話は回ってこないことが多いので,結果としてアカデミックポジションの獲得のハードルが高くなる傾向があるように思えます(もちろん分野に依りますが).極端な話,学振PD を辞退して教員をやって,数年後に任期が切れるタイミングで学振 PD の申請を行なっても問題ないわけです.一方,教員のポジションは任期付きであっても学振 PD のように採択率 20% という甘い話ではないので,そのようなご縁に恵まれたらすぐに乗っかるべきだと私は思います.学振 PD は学位取得後5年未満であればいつでも応募できるということを強く認識しておきましょう.



張り切って書いたら長くなってしまいました.以上のことがご参考になれば幸いです.早く学振の申請書作成が環境に依存せず,学振の書類の審査が研究の内容だけで勝負されるという日が来るといいなと思います.

学振の書類の書き方。

みなさんおはようございます。べっくです。先日,日本学術振興会(学振)の特別研究員の公募が始まりました。


www.jsps.go.jp


ようやく大学の後輩の多くが学振に採択されたので,このブログで学振 DC・PD の書類の書き方を大まかに説明しようと思います。学振DCの採択率は,近年では20%を切る狭き門になっていますが,母校の数学科の解析系の院生の採択率は8割を超えているので,きちんと準備しておけば採択される可能性は高いと私は考えています。「学振」は通常「日本学術振興会」のことを指しますが,大学院生の多くは日本学術振興会の特別研究員のことを「学振」と呼ぶことが多いかと思うので,以下,学振 DC のことを単に「学振」と呼びたいと思います。


学振の制度そのものは私が生まれる30年前から始まったものですが,その書類の「書き方」の心得については,この10年くらいで広く広まったような気がします。おそらく,一番「有名」なのは東工大の大上先生のものかと思います。

www.slideshare.net

私自身が学振DCに採択されて以降,かれこれ5年くらいは毎年学振の書類の添削を行なってきた関係で,大上先生のスライドは毎年確認していますが,毎年かなり参考になっています。ただ,私が思う重要なポイントの何点かが書かれていないような気がしたので,この記事ではその大切な点を挙げることで,この記事の読者の参考になれればと思います。なお,私のこれまでの戦績は以下の通りです.

学振DC1:面接 → 不採用(補欠,繰り上げなし)
学振DC2:採択(面接なし)
科研費(研スタ):採用
科研費(若手):採用

また,これまでに添削した学振DC, PD の中で採択された数は7〜8くらいだと思います。

[追記:2024年03月04日]
この記事では学振の書類作成に関する大まかな指針のみ記載しています。詳細な書き方についてはこちらの記事をご参照ください。

watanabeckeiich.hatenablog.com


1. 書き方 < 研究課題

私が毎年書類を添削していて思うのはこれです。調べてみるとすぐにわかりますが,採択された学振の研究課題の多くは,興味を惹かれれるものが多いと思います。書き方や見栄えがどんなに完璧でも,研究課題がしょぼかったら採択されません。学振の書類の作成に取り掛かっている大学院生の多くは限られた時間の中で,慣れない書類作成を,自分の力で仕上げようとしてしまいがちです。つまり,研究課題の設定にあまり時間を割いていない学生が多い印象を受けます。学振の書類を作成する段階において,研究成果が出ているかどうかはともかく,(先行)研究を何も知らないということはあまりないかと思いますが,不採択になっている書類の多くは誰でもパッと思いつくような研究課題であることが多いような気がします。ここで,「誰でもパッと思いつく」という意味は,研究課題の設定が甘く,その結果「どんな研究目標(将来の夢)」に向かって研究しようとしているか不透明ということになります。


学振の書類を作成に取り掛かる前に,具体的な研究課題の設定が大事なわけですが,うまく思いつかない場合は,まずは将来の目標や夢を考えるといいと思います。もちろん,大学院生の間はその目標を達成できることの方が稀だと思いますが,その目標に向けて,博士課程の間にどれだけ頑張ろうと思っているのか,そういうことを書き出してみると適切な研究課題が見つかってくると思います。また,言うまでもなく,受け入れ教員(指導教員)とのコミュニケーションは必要不可欠です。学生によっては,受け入れ教員が実質的な指導教員と異なることもありますが,評価書を作成してもらう関係上,提出する書類の中身に関しては一定のコンセンサスが求められます。


無意識のうちにやってしまいがちな例として,「今できることの延長」に研究課題を設定するというのがあります。一見問題がなさそうですが,学振の審査で求められているのは投資する価値のある研究課題であるかどうか?であって,結果が出せる研究課題かどうかではありませんもちろん,学振の書類で提案した研究課題については,応募者が責任を持って研究を遂行し,研究結果を出す必要がありますが,「多額のお金を投資する価値のある研究課題というわけではないな」と思われてしまったらアウトです。そのくらい,学振の採択における研究課題の設定の割合は大きな比重を占めています。


長年の未解決問題の解決を目指します!というような研究課題は流石に無理がありますが,自分の分野のトップジャーナルに通るような論文を書きます!ということを(直接書かずに)アピールする,ということが求められるわけです。

2. 学内締切の1ヶ月前に初稿を完成させる

これまでの経験から,不採択になる人の多くは初稿の完成がかなり遅いです。初稿に関しては,学内締切の1ヶ月前には完成させましょう。理由はいくつかあります。どこで拝見したかは忘れたのですが,どんなにひどい書類でも10回(大)改訂を行えば,勝負できる書類に仕上がる傾向があります。これだけの回数の改訂を行うには,やはり時間が必要です。第二点として,初稿を指導教員に見せた結果,指導教員から研究課題の大幅な変更を求められることが少なくありません。その場合,先行研究を一から調べ直す必要が出てくる場合もあるので,この場合もやはり時間が必要です。


学振の書類を作成する学生の多くは,論文作成の経験が少ないので,そもそも先行研究をあまり知らない傾向があります。もちろん,すべての学生がそういうわけではありませんが,(指導教員ならともかく)審査委員より先行研究を知らないということが少なくありません。先行研究の調査については才能も何も必要なく,単にちゃんと調べたかどうかという勤勉さが求められます。書類において,この辺がいいかげんな感じだといい加減な書類と思われてしまいがちです。学振の書類はサーベイ論文ではないので,細かな文献まで知っておく必要があるわけではありませんが,その手のプロなら必ず言及する文献については,きちんとフォローしておく必要があります。また,文献をきちんと理解し,他人に説明できるようになっておくことで,提案する研究課題にどのような価値があるのかを,客観的な視点から説明できるようになることが重要です。

3. 評価方法を知る;業績は大事だが数が重要というわけではない

学振の書類を作成している学生は,そもそもどのように学振の書類が評価されるかよくわかっていないので,採択されるかどうかが「業績のポイント数」で決まると思っている人が少なくありません。もちろん,業績が全くない(口頭発表も論文発表もない)場合は,特にDC2の場合はかなり disadvantage になりますが,業績が多ければいいかというとそういうわけでもありません。あくまでも,採択の可否は ① 提案する研究の内容及び② その研究の実行可能性の二点で決まります。研究業績や評価書は「② その研究の実行可能性」の客観的な証拠として用いられます。したがって,上で述べたように,研究課題がしょぼかったらどんなに業績があっても採択されません。この辺を勘違いして,学振の書類作成に注力すべきなのに,業績を増やそうと1〜3月に論文を「急いで」投稿したり,学会発表に「急いで」申し込んだり,いろいろ画策する学生がいますが,これらは悪手です。実際に,「急いで」作った業績のクオリティーは「それなり」のものだし,学振に採択された場合はともかく,不採択になった場合は「いい加減な研究をするヤツ」という印象を残してしまい,ただ評価を下げるだけで,長い目で見てもあまりいいことはありません。というより,審査委員の多くは忙しいので,業績を一つ一つ数えてわざわざポイントに換算して応募者の順位をつけたりしません。そんな時間があれば申請書をじっくり読みます。


ただ,逆に業績がゼロというのもあまり良くありません。実際に,業績が0か1というのはかなり大きな差があります。一方で,業績が1か2かというのは,あまり大きな差はありません。ただし,分野にもよりますが,数学系のように業績が出るまでに時間がかかるような分野の場合は,応募者の業績も似たり寄ったりですので,特に DC1 の場合は研究業績が全くなくてもあまり心配ありません。実際に,業績がゼロの場合でも採択された知り合いを何人か知っています。もちろん,業績がある場合は強い「武器」になりますが,それに過信せず,研究課題のブラッシュアップ等をコツコツ頑張るのがいいかなと思います。


また,あまりよく知られていない事実として,審査結果は点数(t-スコア)以外に,申請書に対する評価コメントの入力が求められるというのがあります。学振の審査の手引きはどこにあるかはわかりませんが,科研費の場合は

全ての研究課題の「審査意見」欄に、当該研究課題の長所と短所を中心とした審査意見を必ず記入してください

という指示があります(参考:審査・評価について|科学研究費助成事業(科研費)|日本学術振興会)。学振の審査において,ただ単に点数をつけるだけであれば,審査委員の先生方はあんなに苦労しません。したがって,学振の場合も科研費と同様に各書類に対する審査意見が求められていると考えるのが合理的です。ここで重要な点は,「審査意見」の欄において,研究課題については長所と短所の両方が必ず書かれるということです。どんなにひどい書類でも長所を書かないといけないし,どんなに優れた書類でも短所を書かないといけない。このような点が審査委員の負担になっているわけです。普通に考えてみれば,採択される申請書というのは短所が少なく,長所が多く書かれるものであるということになります。つまり,どんなプロ(審査委員)からもダメ出しされないような申請書を書くというのが学振採択の秘訣です。このようなことが「誰が読んでもわかる申請書を書こう」というアドバイスにつながっているわけです。

4. 不採択になった書類を絶対に参考にしない

学振の書類を作成しよう,と思ったときにまず考えることは,これまでの申請書をかき集めることかと思います。要は,大学などの定期試験の過去問を集め,対策を練るというのと同じ思想です。学振の書類作成の際も同じように考えてもらって構わないわけですが,不採択になった書類を絶対に参考にしてはならないということを,私は声を大にして主張したいと思います。


実際に,学振の書類を作成している多くの学生は,限られた時間の中で準備しているので,不採択になった申請書の書き方を肯定的に評価しがちで,(あまり良くない書き方であるにも関わらず)参考にし,書類を作成してしまいがちです。私のこれまでの経験で,「これは確実に採択されるだろう」と思った書類が不採択になることがあったので,不採択になった申請書の書き方のすべてが悪いということではありませんが,「あんまり良くない書き方」を極力排除するためにも,不採択になった書類を絶対に参考にしないという信念を持つことが大事かなと思います。(大学)受験などにおいて,合格体験記を参考にすることはあっても,不合格体験記を参考にすることはないというのと同じ理屈です。


上記と同じ理由で,これまでに採用されたことのない人に書類を添削してもらうというのもやめましょう。もちろん,初稿が出来上がる前段階において,いろいろと意見を求めるというのは構わないと思いますが,初稿が完成して,書類を仕上げるという段階に入った後はこれまでに科研費に採択されてきた先生や先輩方,あるいは先を越された "特別研究員"サンにコメントをもらって,それを素直に反映するというのがいいと思います。これまでの経験上,不採択になった方の意見は的を得ない場合が多いので,いちいち参考にしていたら振り回されるのがオチです。面倒なのはそういう人に限って後輩などの面倒見が良いので,後輩の方からするとなかなか断りずらいというのがありますね



まあ,いろいろ書きましたが,学振に採択されなくてもなんとかなると思います。なんとかならなかったらなんとかするしかありません。この記事を読んだみなさん,ガンバッテクダサイ。

研究進捗2024/1/7

みなさん明けましておめでとうございます.べっくです.今年は久しぶりに様々なプレッシャーから解放された年始となりました.元旦から数十通メールのやりとりをしていた昨年までがおかしかっただけかもしれません.


いろいろと事情があって研究進捗の更新が途絶えていました.その「事情」も終わったので,今年から研究進捗の更新を再開したいと思います.思った以上に同業者がこのブログを読んでいるみたいなので,読まれても恥ずかしくないように研究を頑張っていきたいと思います.ただ,今後は研究進捗を具体的に書いていくと様々なトラブルに巻き込まれるかもしれないので,詳細はかなり割愛するようにしたいと思います.予めご了承ください.

* * * * *

<これまでの進捗>
(注)2023年の進捗

1. リプシッツ境界を伴う障害物周りでのナビエ・ストークス流の研究(T氏との共同研究)

ほぼ終了.現在原稿の最終チェック中.遅くとも2月までには投稿予定.


2. 非線形境界条件を伴う Keller-Segel-Navier-Stokes 方程式の研究(T氏との共同研究)

終了間近.あとは解の正値性の証明のみ.次の秋の学会での発表を目指したい.


3. 一様に C^{1,\alpha}-級の境界を伴うストーク作用素の研究(T氏との共同研究)

8月にT氏を数年ぶりに訪問.8月末のドイツは寒かった.本質的に残っている仕事は補間空間の特徴づけ.全体の進捗状況としては 60%


4. ナビエ・ストークス方程式の自由境界問題の研究(S氏との共同研究)

2年がかりのプロジェクト done. 現在投稿中.同業者でもなかなかアクセプトされないジャーナルなので,アクセプトされたい.我ながらいい論文になったと思う.


5. 4月に大学を異動して,着任先の同僚(社会科学系)の方と共同研究を行うことになった.どういう研究ができるかは全く未知だが,いろいろと教えてもらえるので,楽しい.病院の経費の7割は人件費らしく,普通の(公立)病院は結構赤字らしい.


6. 単著論文アクセプト(JMAA).昨年は授業準備で忙しかったので,論文のアクセプトはこれのみ.今年はたくさん論文を書くぞ.


7. 1年ぶりに学会発表した.やはり毎回発表する方がいいようだ.春の学会では発表しないけど,次々回からは毎回発表できるようにしたい.


8. World Scientific 社から本の出版依頼が来た.依頼を引き受けるかどうかは様々な条件次第というところ.


<今後の研究目標>

A. 上記 1, 2 の論文を仕上げて投稿する.


B. 上記 3 の研究における,補間空間の特徴づけを目指す.


C. 上記 5 の研究の方向性を定める.また,医療のDX に関する理解を深める.


D. 上記 8 のプロジェクトを進める(もし引き受ける場合).


E. 確率の効果を入れた流体方程式の解析について,F 先生と相談する.


F. 2次元外部リプシッツ領域における Helmholtz 分解の存在を示し,ストーク半群の生成を示す.


G. corner domain におけるストークス方程式について考える.


H. 書き途中の論文を書き終える.

* * * * *

とうとう30歳になりました.10年前が20歳だと思うと不思議な感じです.30歳までに准教授になりたいと思っていましたが残念ながらなることができませんでした.残念.ただ,学内の規約を拝見する限りでは,あと2年後に昇進できるっぽいです(たぶん).ということで今後は40歳教授を目指して頑張りたいと思います.


昨年はいろいろと環境が変わって,妻にはいろいろと負担をかけたと思います.単身赴任の同僚も少なくない中で,ついてきてくれたことに感謝です.これからの10年,きっと想像できないような出来事が待ち受けているかと思います.その出来事以上に,想像を超えるような研究成果を発表していきたいですね.今日は母校の生徒が花園の決勝で頑張っているので,私も彼らに負けないように頑張っていきたいと思います.


次回の更新は3月頃にすると思いますが,忙しかったらもう少し遅くなるかもしれません.では.

911から22年。

みなさんこんばんは.べっくです.いろいろあって更新が途絶えていました.事情は ...... まあお察しください()


さて,今日久々に映像の世紀バタフライエフェクトを観ました.
www.nhk.jp


今回の内容は 911 同時多発テロのことでした.内容は正直微妙だったけど,過去の自分の記憶がフラッシュバックしたのと,後輩から「ブログ更新しないんですか?」と言われたので,せっかくなので過去の思い出話でもしようかなと思います.


父が転勤族だったので,幼少期の頃から引っ越しばかりしていました.生後半年くらいでシンガポールに行き,幼稚園に入るくらいのタイミングでアメリカのシカゴに行き,その後アメリカのニュージャージー州(Fort Lee)に行きました.そう,ニューヨークの隣です.小学校1年生くらいまでいました.当然ながら言葉なんてわからないし,正直なところ学校(現地校)が楽しかった記憶はなかったけれども,同じ小学校に通っていた日本人の同級生とは仲良くしていたけど,残念ながら名前を忘れてしまった.なぜだろう.顔はよく覚えているんだけどね.


当時は3人兄弟で,父はよく土日にセントラルパークとかに連れて行ってくれていた気がする.それくらいニューヨークのマンハッタンにはかなり近いところに住んでいた.実家で過去の写真を見てみると今は無きツインタワーをバックにした写真も見つかった.当時は,私は子供だったので,登ったことのないツインタワーよりも,登ったことのあるエンパイアーステートビルディングの方を気に入っていて,ツインタワーの方が大きいということをなかなか受け入れられなかったことをよく覚えている.おそらく安いミニチュアを買ってもらったのがかなり影響しているのかもしれない.


その後父の仕事の都合でシカゴに再び引っ越した.小学校2年生のときだった.犬を飼い始めたのもこのとき.なぜかはわからないけど夏休みは結構長めに日本に帰省していたと思う.実際に,体験?ということで日本の小学校に夏休み前の1ヶ月くらい通うことになっていた.ニュージャージー州に住んでいたときに小学校1年生になったタイミングで,土曜日だけ日本の教科書で学ぶ補習校に通っていたので,そこそこは学校の授業についていけたけど,日常会話などに困っていた記憶がある.実際に日本の小学校に通うまで「こんにちは」と「こんばんは」の違いがわからなかったと記憶している.当然ながら体験なので,夏休みに入るくらいのときに学校でお別れの会を開いてもらったと思う.


9月の2週目にシカゴに戻り,大きくなってしまった犬と遊びたいなと思っていたところに911同時多発テロが起きてしまった.ニュース映像が速報でテレビで流れていた場面を昨日のように覚えている.たった7歳だったのに.


いつものように,NHK の教育テレビでテレビを見ていたところに速報でツインタワーに突撃する飛行機の映像が流れ,母と叔母が絶句していたのをよく覚えている.これまでにないくらい真剣な声で「いま黙って」と言われたと思う.その後大きくなって知ったことだが,ニュージャージーに住んでいたときに通っていた補習校の同級生の父親や現地校の同級生の父親など,身近なところで何名か犠牲になってしまったようだ.当時,何も知らなかった自分はある意味良かったのかもしれない.いまでも本当に可哀想に思う.


同時多発テロが起きてから社会情勢が不安定になり,父は急遽帰国命令を受けたと思う(その割には出張が多かった気がするが).というわけで,日本に本格的に住むことになった.結局,お別れ会を開いてもらったのに再び同じ学校,同じクラスに戻った.個人的にやや気まずいなと思いつつも,寛大な心で受け入れてくれた同級生には感謝しかない(そうでない子もいたかもしれないけど).


その後,日本には1年弱しかおらず,程なくしてタイのバンコクに引っ越し,その1年半後に香港に引っ越した.いろいろ友達はできたと思うけど,当然ながら当時はラインはおろかメールでやり取りするような環境ではなく,連絡手段は電話であった.当たり前だけど,引っ越してしまえば連絡が途絶えてしまう.そういうわけで,バンコクでできた友達とは今でも疎遠だし,お互いにあまり覚えていない ...... と思っていたけど,大学4年生のときに取ってた体育(テニス)の授業で偶然にも同級生(そのときは TA)と再会し,お互いになんとなく覚えていたのは流石に感動した.なんだかんだ人間の記憶力ってすごいんだなと思った.


さて,話を戻すと,いま挙げたものは例外であるけれども,小学校4年生までにできた友達とはほとんど疎遠 ...... というか覚えていない.楽しかったという記憶はあるのに,なぜだろう.不思議だ.一方,香港の場合は,小学校をそこで卒業したということもあり,同窓会に呼ばれて以来,記憶が保持されている.でもみんなではなく,ごく狭い範囲だけ.一度でもいいからまたみんなに会ってみたいけど,きっと叶わないと思うと少し寂しい気持ちになる.


ところで,先月末にドイツのカールスルーエ工科大学に行き,共同研究者 P. T. さんに数年ぶりに会った.いろいろ話すことができてよかった.対面で会って再確認したけど,やはり Zoom とかよりも対面で会う方が,たとえ短時間であったとしても記憶によく残ると思う.夏休みとか旅行とかの思い出はよく覚えているとかそういう類のものなのだろうか.とても不思議に思う.彼も話していたけど,コロナで学術交流がいろいろ分断されてしまったのは勿体無いなと思う.今までは偉い先生方が用意してくれた「道」に従って,比較的容易に海外の人たちと交流できたけど,そういう偉い先生方はいずれはご引退されてしまうので,今後は先輩や後輩または私が,偉い先生方がやってきたのと同じようにやっていくことが大切なのかなと思った.海外の人と協力すれば立派な研究ができるというわけではないけど,せっかくのご縁は大切にしていきたいなと思う.人として.


一期一会というわけでもないけど,いろいろな人と知り合い,しかも対面でいろいろと話せるのはかけがえのない行為なんだなという気がしてきた.毎年 911 同時多発テロに関する放送を目にするたびに,自分が何事もなく生きていて,まだいろいろと語ることのできる家族や友人,知人がいることは幸せなことなんだなと思う.実際に,それをすることができない人もたくさんいるわけで.昔紹介したD・カーネギー著の「道は開ける」

watanabeckeiich.hatenablog.com

にも書いてあったように,今日一日を全力で生きることを目指して頑張るしかないのかなと思う.今日という日はもう戻ってこないわけで.


最後はなんかまとまりがなくなってしまいましたが,今回はこの辺で終わりにしたいと思います.では.

研究進捗2022/12/31

気づけば大晦日ですね。今年を振り返ってみるといろいろなことがあったなと思います。毎年同じことを言っている気がするので、私もそろそろおじさんかもしれません。

そういえば昨日ミスタードーナツでドーナツを買ったんですけど、店員の人が手早くドーナツを箱にしまってくれたんですが、入れ方が少々雑でショックを受けました。怒らずにショックを受けただけなので、そういう意味では私はまだおじさんじゃないかもしれません。

 

* * * * *

 

<これまでの進捗>

・外部リプリシッツ領域におけるナビエ・ストークス方程式に関する論文がアクセプトされた。

・いくつかの研究集会で発表した。

・国際研究集会(対面)の運営を行った。海外から9人も来たけど、何事もなく(?)、無事に終えられてよかった。そのうちの何人かには顔を覚えてもらい「うちに来る機会があれば連絡してね」と言ってもらい、そのうちの1人から名刺をもらった。とてもありがたい話です。

・S先生との共同研究は、議論のたびに先行研究の愚痴を聞かされる。知らんがな。おかげさまである程度進展があった。きっといい論文になるだろう。

修士の学生の修論を添削してたけど、一向に完成しない。なぜだ。頼むからまずは大学に来て欲しい。そうでないと何も助けてあげられない。

・研究集会の準備や自分の発表準備に時間を取られてしまい、あまり研究は進まなかった。

・外部領域上の斉次べゾフ空間におけるストーク半群に関しては、いろいろ理解が進んだ。もう少し頑張れば  L^3 より広い関数空間から初期値を取ってきても、時間大域解の構成ができそう。

・T君との研究は、解の構成は終わり、あとは解の正則性の証明だけになった。

・K先生のご講演を聞いて、N君との研究について考え直したけど、K先生の「非自明な定常解」が物理的に何を指しているのかわからなかった。適当な境界条件を課すとそんな定常解は存在しないような気がするんだけどどうなんだろう。

 

<今後の研究目標>

・書き途中の論文(単著1編、共著5編)を書き終える。

・特にS先生との論文は、完璧に仕上げる。先生の方からいろいろな案が出るかもしれないけど、妥協しないようにする。というより、(共同研究なので)いろいろなところで講演されているけど、ややいい加減な発表なのは勘弁して欲しい。

・N君との研究を進める。

・D君、G先生との研究を進める。

接触角が生成されるナビエ・ストークス方程式の自由境界問題についての論文を勉強する。

・上の問題に関連して、ドイツに渡航するための準備を進める。

・2次元のストーク半群について勉強する。

・いろいろな重みつき関数空間について勉強する。これが理解できれば、いろいろな研究を進められる。

・余裕があれば、ナビエ・ストークス方程式の自由境界問題の軸対称な定常解の不安定性の問題に取り組む。

 

* * * * *

 

先日で29歳になりました。30歳で准教授になれるよう頑張ってきたつもりですが、あと1年しかありません。まあ、年齢が全てではないけど、30歳というのは、人生においては一つの節目になるかなと思います。

今年は定期的な勉強会を始めたり、対面での研究集会を運営したり、いろいろな先生方に名前を覚えてもらったりといろいろなことを経験した1年になったかなと思います。昔は

「30歳になるまでに、俺はこれをやったといえる研究成果が、1つぐらいないとイカン」

と言われていたらしい(出典: 【SGU数物系科学拠点】 物理現象を記述せよ 数学の偉大なる力 Vol.9-2 – スーパーグローバル大学創成支援「Waseda Ocean 構想」)ので、私はあと1年で何か誇れることを成し遂げなければなりません。そういう意味では、今S先生と取り組んでいる研究がそれに該当し得るものになると思うのですが、30歳になるまでに完成できるのでしょうか。

海外を見渡してみると、自分と同世代の人たちがどんどんすごい研究成果を上げていてすごいなと素直に思います。今後も

皆様のラ イバルは、日吉の塾でもなければ大岡山の工業学校でもなければ本郷の自称 The University でもありません。皆様のライバルはニューヨーク、シカゴ、パリ、ロンドンに居る

を胸に刻んで頑張って行こうと思います(出典: http://www.ozawa.phys.waseda.ac.jp/pdf/2012shunin.pdf)。

さて、これだけだと少し寂しいですね。ということで、最近撮った写真を掲載しておこうと思います。

f:id:watanabeckeiich:20221231172308j:image

これはいつの日かの昼食で、割烹桂でいただいた「刺身と海老野菜天ぷら」の定食です(800円)。

割烹 桂
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場2-17-1 イセナミビル1・2F
5,000円(平均)
r.gnavi.co.jp

今までこのお店を知らずに過ごしていて(しかも学生の時から換算して10年以上)損していました。安くて美味しいのでおすすめです(駅近なのに学生もほとんどいないし)。次回の更新は2月末の予定です。良いお年をお迎えください。

千人計画のお誘いが来た。

みなさんこんばんは.先日論文がそれなりにいいジャーナル(J. Differ. Equ.)にアクセプトされました.めでたいですね.


さて,今日知らない中国人から英語のメールが届いていて,よくあるスパムメール(会費目的の研究集会のお誘いとか)かと思ったら,よく見るとメールの標題が "Invitation for overseas talents to apply for the Excellent Scientists Fund 2023 in China" となっていて,文面には Salary とか書いてあって,なんかおいしそうな話だなと思っていたら,差出人のメールアドレスのドメインが 1000talent.top となっていました.そう,中国の千人計画のお誘いのメールだったのです.

これまでに「あなたのところで修士号を取得したいです」みたいなラブレターを海外の学生からもらったことは何度かありますが,こういうスカウトメールをもらうのは初めてです.ただ,中国の千人計画は,日本国内からはあまりいい噂を聞かないので,この記事では,いただいたメールでどういうことが書かれていたか,差し支えない範囲で説明していこうと思います.

1. 応募資格について

大きく分けて募集はシニア向け(既に教授の人たち)と若手向けに分かれます.ここでは若手向けについて説明します.いただいたメールによると,今回の募集では,1983年1月以降の生まれでかつ(中国以外の)大学や研究機関などで3年以上のキャリアを積んだ研究者のみ応募できるようです.もちろん,理学や工学などの自然科学分野における博士号を取得していることを前提としています.ただし,特別優秀な場合は例外的に3年以上のキャリアがなくても大丈夫みたいです.

また,千人計画に採用後は,中国国外での仕事を辞め,中国で少なくとも3年以上フルタイムで働くことが必須のようです.

2. 待遇について

基本給は年間50万元から100万元(およそ950万円〜1900万円)で,それに加えて家賃補助と社会保険が付いてくるそうです.もちろん,正確な給与は場合によりけりですが,とても魅力的です.シニア研究者の中でも特に優秀な場合は100万元から1000万元のインセンティブがあるそうです.んー,流石に日本が真似するのは無理がありそうですね.もちろん,これらとは別の子供の学業支援も付いてきます.

3. 採用されるまでのステップ

必要な書類を(今回の場合は)2023年1月10日までにオンラインで提出し,書類到着後,研究分野や研究成果に応じて,千人計画の本部の方から企業や大学へのマッチングや推薦が行われ,企業や大学が「採用したい」ということになれば晴れて千人計画のメンバーとして選出されます.一見我が国おける卓越研究員制度に似ているけど,千人計画のほうが効率的な気がしますね.採用後もいろいろ応募して採択されれば更なるインセンティブがあるそうですが,ここでは割愛します.今回の募集に関しては,新型コロナウィルスの感染拡大の影響もあるので,採用後は1年以内に渡中すればいいそうです.


メールの最後に "About us" について書いてあって,どうやら千人計画は中国のコンサル会社が運用(?)しているみたいです.ちなみに,千人計画のウェブサイトは

http://www.1000help.com/

だけど,全て中国語なので,全然内容がわかりません.個人的に,なぜ私の方に千人計画のお誘いが来たのか不思議ですね.誰か推薦してくれたのでしょうか.


話は全然変わりますが,先週,数年ぶりに中国の研究者の方(もともと私が所属していた研究室でポスドクをしていた方)とお話しする機会がありましたが,中国の大学はかなりスパルタみたいです.解析学微積分)の授業に関しては,数学科でない学生に対して,90分の講義が週に3回あって,半期に17週講義あるようです.これに加えて線形代数とかほかの必修科目もあるので大変です.ちなみに,数学科はもっと講義があるようです.カリキュラムについては,極限の定義をイプシロン・デルタから初めて,平均値の定理とかテイラー展開とかを扱い,リーマン積分を学んだ後にODEをやるそうです.ここまでが前期のカリキュラムで,後期では重積分,ベクトル解析や多変数解析,Fourier 級数などについてやって1年が終わる,とのことです.とてもハードです.正直なところ,アメリカが中国に負けるのも時間の問題な気がしますね.


千人計画に応募するのは(パスポートのコピーを提出しなきゃいけないとか家族のことで)少し躊躇いますが,オファーはいつでもお待ちしております.採用担当の方々,ぜひご検討お願いいたします.

研究進捗2022/10/31

数年ぶりに日本数学会に対面で参加しました。これまでにオンラインで交流することも多かったけど、やはり実際に会うと対面ならではの良さもあるなと思います。対面で会うことの良さは何だろうと考えてみると、実際に会話する時間が、オンラインでするよりも長くなる傾向があるような気がします。

ところで、弟はとあるサッカーチームのサポーター(コールリーダー)をやっているのですが、どうやらチームが優勝した場合はシャーレを触らせてくれる約束をキャプテンと交わしているようです。私も偉い人に気後れしない、そのようなコミュニケーション能力が欲しいなと思います。

* * * * *

<これまでの進捗>

・論文が2編アクセプトされた。

・外部リプリシッツ領域の論文を修正した。当初よりもいい結果が出てしまった。査読者も著者にカウントしたいくらいだ。査読者に感謝。

・斉次べゾフ空間におけるナビエストークス方程式の論文を書いて投稿した。

・Tさんとやってる解析、てっきり  C^1 domain でもできると思ったけど、自分の考えた証明が間違っていた。結局  C^{1+\alpha} domain でやらざるを得ないのかショックを受けていたけど、少し直せば、というより、「考え方」を変えれば解決できることがわかった。

・T君と取り組んでいる問題は、ほぼ問題点を解消して、あとは論文を書くだけになった。局所エネルギー減衰評価を導出するのは大変なので、これについては次回の論文で扱おう。

・後輩のT君(上とは別人)と一緒に問題を取り組むことになった。

・上司のS先生との論文は、完成まであと少し。まだまだ詳細が詰めきれていないところがあるけど、なんとかなりそう。

・Zoom の国際研究集会で発表した。質問が無かったのは少し残念だけど、それだけきちんとした発表ができたと前向きに捉えよう。

・先輩から講演依頼をいただいた。頑張ろう。

・学生の修論を添削した。無事に年内には書き終わりそうだ。

・12月のイベントの準備を進めた。私が最年少なのに何故私が仕切っていることになっているのだろうか。

<今後の研究目標>

・Tさんとの共著論文を完成させる。

・外部リプリシッツ領域における Ossen 半群の評価を示す。

・書き途中の論文を終わらせる。

・12月の会議の準備と運営を頑張る。

・抽象的な放物型偏微分方程式の「応用」としてストークス方程式に対するアプリオリ評価を導出する方法を学ぶ。応用として、接触角が生成されるナビエ・ストークス方程式の解析に応用する。

・2次元外部領域におけるストーク半群の評価を勉強する。あわよくばリプリシッツ領域の場合に拡張する。

・F君との共同研究として、お願いされている解析を頑張る。

* * * * *

この2ヶ月は非常に濃いものとなりました。まあ単に忙しかっただけ、とも捉えられますが。公私共にいろいろなことを経験しました。おそらくこの先ずっとこの2ヶ月間にあったことは忘れないでしょう。今後は忘れられないな論文を書けるようになっていきたいですね。では。